激しさと緊張感と美しさ

ここまでのオリンピックで、いちばん感動したのは、エルゲルージが優勝した陸上の男子1500mである。
純粋に競技の内容だけに限っていえば、オリンピックの競技のなかで、見ていていちばんおもしろいと思うのは、陸上トラックの中距離である。
水泳も、陸上の短距離も悪くはない。しかし、自分のレーンからはみ出すことはないから、競い合いの激しさにやや欠けるように思う。もちろん、駆け引きはしているのだろうけれど、基本的には、競い合いというよりは、自分がどれだけのタイムを出せるか、ということにかかっている。
それに比べると、肩がぶつかるぐらいの間隔で走っている中距離は、競い合いがほんとうに激しい。時には、足を引っかけたり、肩でついたりすることもある。素人が見ても、スパートのタイミングをめぐってきびしい駆け引きをしているのがわかる。
まず、スタートしたあと、激しい位置どりの争いがある。そして、つかのま、落ち着いたペースになる。この間、静かに走っているように見えるけれど、誰が、いつ、スパートをかけるのか、探り合っている。この緊張感がいい。
そして、突然、誰かが爆発的なスパートをかけ、一気にレースのペースがあがる。スパートをかけた選手が、あっというまに他の選手を振り切ってしまい、独走することもある。スパートで振り切れず、ゴール前まで、激しく競り合うこともある。
スパートをかけた選手の走る姿は、じつに美しい。細身の足がきれいに前に出て、信じられないほどのストライドで、宙に浮かんでいるかのように軽やかに走る。
短距離の選手のパワフルな走り方も、マラソン選手のそれぞれ癖のある個性的な走り方も悪くない。しかし、走る姿の美しさでは、中距離の選手の軽やかな走りが、いちばんだと思う。
今回の男子1500mでは、実力がありながら過去2回のオリンピックに勝てなかったエルゲルージがスパートをかける展開になった。ケニアの選手がエルゲルージのスパートに振り切られず、ついていく。コーナーを回った後、直線でケニアの選手が抜きにかかり、いちどはわずかに前に出た。普通であれば、先にスパートをかけた選手が力尽きるが、エルゲルージはそこから再度抜き返して、一位でゴールした。
激しさと緊張感と美しさと、実に密度の濃いレースだった。
そして、エルゲルージが再び出場する男子陸上5000m、見逃せない。