地元

朝、7時前に目が覚めるとうっすらと明るくなっていた。日が長くなってきた。
午前中、つれあいといっしょに買い物にでかけた。以前は、週末に池袋まで出かけて、デパ地下で食料品を買ってくることが多かったが、つれあいによると鬼子母神の脇にある食品スーパーが安い割にはものが悪くないという。そこで、鬼子母神へのお参りをかねて、そのスーパーに行くことにした。
日が長くなってきたから暖かくなっているのではないかと油断していたが、家を出ると寒かった。ポケットに手を入れて、背中を丸め、小刻みの早足で歩いた。
小林信彦「おかしな男 渥美清」(新潮文庫)(ISBN:4101158398)に、テレビ版の「男はつらいよ」の舞台の候補について、このように書かれている。

 小林俊一プロデューサーは、初め、豊島区雑司が谷鬼子母神付近のくすんだ町も候補に上がっていたと語るが、山田洋次と小林は、最終的に、東京の端にある葛飾柴又を舞台に選んだ。柴又は近くの江戸川の向う側が千葉県という<辺境の町>である。
 ぼくは東京の下町の生まれだが、柴又というと、<はるかに遠い世界>という気がする。ぼくの感覚では、柴又を下町とは呼びがたい。
 これが山田洋次の戦略だったと思う。彼はいままで慎重に、<古めかしい人情の残っていそうな>小都市、田舎町を舞台にしてきた。東京のどこかを舞台にしたとたんに、彼の創造する世界が虚構であるのが露呈しただろう。

今の鬼子母神の参道には、「くすんだ」商店がいくつか残っているけれど、門前町というにはさびしい状態になっている。昭和40年代の初めの頃には、「くすんで」いたものの、商店街といえるだけの商店が並んでいたのだろう。もし、鬼子母神前が「男はつらいよ」の舞台に選ばれていたら、今の柴又ぐらいには商店が残されていたのかも知れない。
雑司が谷鬼子母神の界隈も下町とは言えないけれど、小林信彦の感じる違和感はよくわかる。外からつけられたその土地のイメージと、実際に住んでいる人が感じているイメージには乖離がある。もっとも、私もよその土地には勝手なステレオタイプを押しつけているのだろうけれど。
さて、鬼子母神の境内にはいると、駄菓子屋が店開きをしていた。駄菓子屋のおばあさんは、まず、皿の上にキャットフードを載せた。半分飼い猫、半分野良猫の黒い猫が寄ってきて、えさを食べ始めた。台の上に、ふがしや酢昆布を並べているのを見ながら、本堂に歩いていき、お賽銭をあげ、手を合わせる。
お参りの後、お寺の脇にある食品スーパーに行く。近所の高齢の方が集まってきて、混んでいた。全般的に安かったかったけれど、それだけではなく、和食の食材の品揃えが充実していた。客層に合わせてか、豆腐が種類が妙に多い。商品名にひかれて「風に吹かれて豆腐屋ジョニー」という名前の豆腐を買ってしまった。そのスーパーでは、カップルで買い物をしているおじいさんとおばあさんが多い。自分たちの30年後の姿を見てるような気がした。
スーパーからの帰り道、雑司が谷商店街のアカマル・ベーカリーに寄って昼ご飯を買った。このパン屋では、パンを焼いていて、素朴な味がする手作りのパンを売っている。私は、メンチカツサンドとチョココロネ、つれあいはホットドックとリンゴあんずパンを買った。店の奥を覗くと、ご主人がショートケーキを作っていた。
雑司が谷に引っ越してきて7年経つけれど、ようやく地元になじんできたように思う。