北朝鮮と日本

"@kaori"(id:knori:20050217)と「4月9日に始める時事批評(のようなこと…)改め時事日報」(http://blog.goo.ne.jp/ryos0510/e/39cbdf375bfbbd889e23766c0accdab3)に刺激されて、北朝鮮と日本の関係についてちょっと考えてみた。
北朝鮮の政府への対応については、あからさまには語られないけれど、二つの路線の対立があるように思う。ひとつは、最終的には北朝鮮の現体制の崩壊させ、民主的な新政府を設立させることで一気に問題を解決しようとするハードランディング路線。もうひとつは、北朝鮮の体制の崩壊は目指さず、徐々に民主化を進めることで問題を解決しようとするソフトランディング路線。
韓国、中国の政府はもちろんソフトランディング路線。ハードランディング路線は影響・リスクが大きすぎると考えているのだろう。米国の政府は、両方の路線を考慮しているように思う。ソフトランディング路線で民主化が進めばよいが、それが無理だと考えればハードランディング路線の選択もあり得ると考えている。日本の政府は、基本はソフトランディング路線なのだろうけれど、いまの日本の世論やアメリカの動向も踏まえて、ハードランディング路線も考慮しているというところか。日本の世論はハードランディング路線を支持していて、安倍晋三などの政治家は、世論をうけてハードランディング路線の側に立っているように見える。小泉首相、外務省は、世論の動向を見ながら、最終的にはソフトランディング路線での北朝鮮問題の収束を目指しているように見える。
北朝鮮の政府は、現体制の維持を最も重視している。現体制の維持ができれば、国民の窮乏や国際的信頼などは二の次なのである。ちょうど、太平洋戦争の最末期、日本の政府が最もこだわったのが国体の維持だったことと似ている。拉致被害者の問題で、北朝鮮が日本からの信頼を失うことも、あまり気にしていないように見える。そんな北朝鮮の政府にとっては、アメリカの政府がハードランディング路線に本格的に乗り出すことを最も恐れているはずだ。いまのところ現実的に北朝鮮の現体制を崩壊させることができるのは、アメリカの軍事力だけだから、北朝鮮の政府の最大の懸念はアメリカの出方ということになる。
北朝鮮の政府が最も求めているものは、アメリカによる現体制の保障、具体的には、アメリカと北朝鮮の国交の樹立と不可侵条約の締結ではないか。北朝鮮の政府から見れば、日本との関係、交渉も、結局のところ、アメリカによるハードランディング路線を避けるための手段に過ぎない。日本の拉致被害者の問題も、それを解決することが北朝鮮の現体制の維持に有利と思うような状況になれば解決するし、そうでなければ解決は難しいだろう。
第一回目の小泉首相の訪朝の時、金正日拉致被害者の問題で大きな譲歩をしたのは、日本との関係改善がアメリカとの関係改善に利用できると考えたからではないか。しかし、拉致被害者の問題によって、日本の世論がすっかり北朝鮮に対して強硬になってしまい、日本との関係改善の見込みが立たなくなってしまった。北朝鮮は日本との関係改善は、アメリカとの関係改善の手段として考えているとすれば、日本との関係改善が難しい状況になれば、日本との交渉よりもアメリカと直接交渉を望むことになるだろう。北朝鮮の政府が、核兵器のことをちらつかせるのは、アメリカを交渉のテーブルにつかせることが目的だと思える。緊張を高めておいて、アメリカと交渉を行い、リビアのように一気に関係改善に結びつけたいと考えているのだろう。
一方、アメリカからは、北朝鮮をめぐる問題はどのように見えているのだろうか。北朝鮮が反米テロリストを支援し、最悪、テロリストに核兵器がわたるようなことは防ぎたい。もちろん、北朝鮮がミサイルを発射するようなことは防ぎたい。しかし、そこまで事態が切迫しなければ、当座は、北朝鮮を現在のように封じ込めておくことで満足するのではないだろうか。周辺の国の国民から心情的な支持はあったとしても国際的には孤立していたイラクと比べ、北朝鮮は中国と韓国との関係がある。北朝鮮に対してアメリカが軍事行動を起こすには、中国と韓国の支持、もしくは、黙認を得ることが必要だろう。今のところ、そこまでの状況には至っていない。
さて、日本には行動にはどのような選択肢があるだろうか。ハードランディング路線の論者は、北朝鮮の政府に対して現体制の維持に対する脅威を与えれば、北朝鮮の政府も日本と交渉するテーブルにつくはずだと考えているのだろう。その手段として、経済制裁が考えられている。たしかに、経済制裁北朝鮮の国民生活には大きな影響を与えるだろう。しかし、経済制裁だけでは体制を覆すことが難しいのはイラクで証明されているし、北朝鮮の現体制の強固さはおそらくイラク以上である。そして、ソフトランディング路線である中国、韓国が経済制裁に参加しないとなれば、経済制裁の効果も乏しい。結局、日本独自では、ハードランディング路線を実現する実力はないのが現状である。ハードランディング路線によって拉致被害者の問題を解決しようとすれば、結局、北朝鮮の現体制を打倒する実力を持つアメリカに協力してもらうしかない。例えば、北朝鮮とアメリカの交渉のなかで拉致被害者の問題の解決を条件のひとつとしてもらうことが考えられる。しかし、アメリカにとっては、日本の拉致被害者の問題を解決することの重要性が低いため、どこまで協力してもらえるかよくわからない。
一方、ソフトランディング路線はどうだろうか。北朝鮮との国交回復交渉を再開し、そのなかで拉致被害者の問題の解決を目指すことになる。いまの日本の世論を考えれば、日本の政府は、拉致問題が解決しなければ国交回復交渉を進展させることは難しい。そして、北朝鮮にとっては、拉致問題を譲歩しても、北朝鮮が得られるものは国交回復と経済支援ではなく、国交回復交渉が再開できるということにすぎない。しかも、いまの日本の世論を考えればいつ国交回復交渉が中断してもおかしくない状況にあるとなれば、日本との交渉で譲歩するメリットはほとんどないように見える。北朝鮮が日本と交渉する価値があると考えるとすれば、日本が北朝鮮とアメリカを仲介する可能性があると思うからだろう。しかし、現状では、日本がアメリカと北朝鮮を仲介できる可能性はほとんどないし、また、北朝鮮の政府もそのように考えるとは思えない。
日本にとっては、短期的には、ハードランディング路線もソフトランディング路線も拉致被害者の問題解決に解決に結びつかないように思える。結局、その理由の根元を考えると、北朝鮮の政府は現体制の維持を最も重視しているが、日本は北朝鮮の現体制の維持に影響を与える実力がないと言うことに尽きる。しかも、日本の世論が北朝鮮に対して強硬になってしまっため、外交上の選択肢もきわめて限られている。
それでは、私自身はどのように考えているか。とくによいアイデアがあるわけではない。ハードランディング路線には反対である。リスクが大きすぎると思う。北朝鮮の政権を打倒した後の見取り図がない状態でハードランディング路線を進め、よりいっそう東アジアの緊張が高まってしまっては元も子もない。日本が単独で経済制裁をすれば、北朝鮮の国民の生活には悪影響を与え、日本の国民には何かをしているという満足感を与えるだろうけれど、それ以上の成果は期待できないように思う。
短期的には、アメリカと関係を緊密にして、拉致被害者の問題が日本にとって死活的な問題であることをアメリカ、その他六か国協議に参加する国に認識してもらうことにつとめることぐらいだろうか。中長期的には、北朝鮮と国交を回復し、北朝鮮との交流を深める中で民主的な政権への移行を促すことだろうか。いずれにせよ、日本独自でできることはあまりないように思える。