なにか小理屈を付けて、理由のある引用のように見せかけているけれど、単純に書き写したいだけの時もある。今日は、もう、小理屈を付けるのも面倒なので、単に気に入ったところを、ただ書き写してみる。
「血族」の終わりの方にでてくる山口瞳の母親の遺書である。
自分の死後は、これをよんで参考にして下さい。
みんなよくしてくれて嬉しい。特に治子佳代子にわがままな正雄を残していく事がほんとうにすまないと思ふけど、これも何かの縁とあきらめて大切にして上げて下さい。
私の通夜は、私の親しい人々でいいのです。派手にしなくて、みんな私の毒舌や、そそつかしい話などで遊んで下さい。
葬儀も質素で、火葬にしたらすぐ浦賀にもつていく事。
寺におさめるお布施などは保次郎と相談して下さい。なるべく保険金で間に合う様にする事。寺におぼんとお彼岸の付けとどけを忘れぬ事。わからない事は人に聞く事。
かたみわけは、麗子栄治子佳代子と相談する事。但し私の着物は大体水準以上のものですから、いいものはやらず染めかへしてみんだで着なさい。古谷のお母さん平山のお母さん鎌倉の叔母さん、保次郎のおかみさん、羽仏のしまえさん、尾原さん、坂本さん、佐久間町のお姉さん等。他はまかせる。私のかたみなんかほしがらない人の方が多いよ。
死後しらせる人は
有楽町の小林さん 57 2234
坂本さん、尾原さん
ここまで書いたら、一寸涙が出た。
和子さんには真珠など洋服のアクセサリーを上げて下さい。
純夫婦及び瞳、昭とも夫婦仲のいい事はほんとうに安心、喜んでゐます。きつと永久に仲よくやれると信じてゐます。
ただ栄だけ心残りです。彼女の一人前のすがたがみたかつた。だけど彼女には芸がある。それをのばす事。吉住小三郎だつて芸と人間が両立しなかつたもの。しかし、栄ちゃん、愛情も大切だよ。私のやれなかつた夢を貴女にたくして私は守つてゐる。
孫たち。これこそ何ものにも代へがたいもの。みんなみんな目的にむかつてすくすくとのびてね。おばあちやんは、きつときつと貴方たちが大きくなるまでお空からみてゐます。
自分には、こんな遺書を書く時は、決してこないのだろうなと思う。