情操教育

金曜日に横浜美術館李禹煥展を見に行った。思いのほか、楽しむことができた。
二十代の頃、海外旅行をすると、訪ねた町の美術館にはたいてい行ったし、東京にいる時もよく絵を見に行っていた。美術評論を読むこともあった。しかし、当時は、頭の中は能書きで一杯で、実際にはあまり楽しんでいなかったように思う。最近は、美術館に行く機会はすっかり少なくなり、美術評論を読むのはめんどうに思うけれど、絵を見ることをはるかにエンジョイできるようになった。
今年は、夏に京都に行った時、寺町通りでふと見かけた版画に一目惚れした。お店の人に尋ねると、伊藤若冲という江戸時代の日本画家という。ウェブサイトで調べると、京都にある細見美術館(http://www.emuseum.or.jp/)というところで、若冲のコレクションを見ることができることがわかった。さっそく行ってみると、日本画を中心にした気持ちのいい小さな美術館だった。それまでは、日本画にはほとんど興味がなかったけれど、若冲琳派の絵を眺めるのは虚心に楽しかった。美術館で眺めるだけではなく、若冲の絵を買ってみたくなった。絵を実際に買いたいと思ったのははじめてだった。
李禹煥は、現代美術の作家である。白いキャンバスの一部に青みがかった薄いグレーで四角く塗った絵画のシリーズと、石と鉄板を配置したオブジェのシリーズが展示されていた。彼についての予備知識はほとんどなかったけれど、作品の一つひとつをじっくり眺め、読み解いていくのが楽しかった。
伊藤若冲の絵は不思議な現代性があって最近人気が高まっている。また、李禹煥の作品が論理的で明晰だから読み解きやすい。しかし、彼らの絵を楽しむことができたのはそれだけではなく、以前よりは自分に美術を見る目ができてきたためだと思う。二十代の頃に絵を見て、美術評論を読み、頭の中を能書きで充満させていた自己情操教育もそれなりに効果があったのだろう。