地球温暖化問題を学習してみる(その6)

地球温暖化問題に関するエントリー(id:yagian:20080806)の続きである。
いよいよIPCCの「SPM」*1も最終章の「第五章 長期的な展望」に入る。今回を入れてあと2回ぐらいでまとめにたどりつけると思う。それまで、がまんしておつきあい願いたいと思う。

適応策と緩和策のどちらも、その一方だけでは全ての気候変化の影響を防ぐことができないが、両者はお互いに補完しあい、気候変化のリスクを大きく低減することが可能である。

この一節の主張そのものは、誰も反論することができないと思う。ただ、問題は、適応策と緩和策のバランスの問題である。現在、EUを代表とする温暖化問題に積極的な先進国は大きく緩和策に力を入れており、一方、もう一人の懐疑論者であるビョルン・ロンボルグは適応策を重視することを主張している。
「SPM」は、緩和策について次のように述べている。

多くの影響は、緩和により減少、遅延、回避することができる。今後20年から30年間の緩和努力とそれに向けた投資が、より低い安定化濃度の達成機会に大きな影響を与えるだろう。排出削減の遅延は、より低いレベルでの安定化の機会の大きな制約となり、厳しい気候変化の影響を増加させる。

IPCCは、「多くの影響は、緩和により減少、遅延、回避することができる」と述べているところからみて、適応策より緩和策を重視する立場に立っているようである。
「SPM」では、どの程度の緩和策をとれば、気温、海面上昇がどの程度になるかシミュレーションした結果が示されている。最も厳しい緩和策カテゴリーIをとったばあいには、産業革命からの世界の平均気温上昇が2.0〜2.4℃、熱膨張に由来する産業革命前と比較した海面上昇が0.4〜1.4m、そして、このシナリオでのCO2の排出量は、2050年の時点で、2000年と比べ-85〜-50%とする必要があることが示されている。
北海道洞爺湖サミットのG8による討議では、2050年までに二酸化炭素など温室効果ガスの排出量を現状比で半減させる長期目標について「世界全体の目標として採用を求める」ことで合意した。この2050年まで半減の根拠は、上記のシミュレーション結果によっている。EUは、産業革命以降の世界の平均気温上昇を2.0℃を許容上限とすることを主張しており、そのためには、2050年までに温室効果ガスを半減することが必要になる。
ロンボルグはこの目標について、気温上昇による被害防止に対する温室効果ガス排出防止の費用が大きすぎること理由に次のように批判している。

モデルが示すように、こうしたとても低い温度上昇を実現することは可能だが、これには84兆ドルというたいそうな費用がかかる。かけた1ドルごとに、得られる便益は13セントだ。(p60)

「SPM」は、緩和策のための費用として、2050年に温室効果ガスを半減させることにおおむね相当するレベルの緩和策をとった場合、2030年でのGDP低下は3%以内、2050年では5.5%以内と予測している。このGDP低下が何ドルに相当するか、現在の私にはできないが、すくなくとも年間数十兆ドルに相当する金額になるだろう。
IPCC議長パチャウリ議長はインタビューのなかで、気温の上昇限度について次のように述べている。

定めた平均気温の上昇限度が何度であれ、それは主観的な判断によるものなのです。なぜなら、そこには何らかの価値判断が必要だからです。限度の設定は、優先順位を決めるのが誰か、関心があるのが誰かにいよって左右されるのです。
 小さな島国の人に尋ねたら、すでに限界を超えたというでしょう。……ところがシベリアや北アメリカの極寒地域の人々に尋ねると、違った意見を持っているでしょう。ですから、平均気温の上昇限度を2℃と見るか、あるいは2℃から3℃から見るかといったことは、価値判断に基づくものなのです。

IPCCの立場として、価値判断に踏み込まないという意味では、この回答は誤りではない。同時に、EUの2℃という上昇限度の設定には客観性が乏しいということも示している。どこまでの気温上昇を許容しうるか検討するために、費用と便益(利益)を比較する費用便益分析のアプローチをとるロンボルグの立場は理解しやすい。
問題があるとするならば、温暖化対策の費用や気温上昇による被害額を予測するシミュレーションは、誤差を含むと考えられる気候変動のシミュレーション結果に基づき行われているため、信頼性に乏しいと思われる点である。「SPM」では、気温上昇による被害額の試算を調査した結果、「その範囲は大きい(-$3〜$95/tCO2)。……コスト試算の集約は多くの定量化できない影響を含めることができないため……損害コストについては過小評価である可能性が高い。」として、その信頼性に疑問を示している。しかし、損害コストが過小評価である可能性が高いのであれば、同様に、温暖化による便益も過小評価されている可能性が高く、また、人間による適応の可能性も予測が難しいのではないかと思われる。

ラジェンドラ・パチャウリ―地球温暖化 IPCCからの警告 (NHK未来への提言)

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正しく知る地球温暖化―誤った地球温暖化論に惑わされないために

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*1:IPCC「第四次評価報告書統合報告書 政策決定者向け要約」http://www.env.go.jp/earth/ipcc/4th_rep.html