仕事関係の本ばかり読んでいると息が詰まってくるので、行き帰りの電車のなかでは「寺田寅彦随筆集第一巻」をぱらぱらとめくっている。
「先生への通信」(先生とはもちろん漱石先生)という題名のヨーロッパ紀行がある。そのなかで、パリのノートルダム寺院の鐘楼を登る話がでてくる。
……まっ暗な階段を手探りながら登って行って頂上に出る。ひどい風で帽子は着ていられぬ。帽子を脱ぐと髪の毛を吹き乱す。……屋根のトタンにも石にも一面に名前や日付が刻みつけてあります。(p81)
最近、ドゥオーモへの落書きが話題になったけれど、観光地の落書きは明治時代にすでに盛んであったらしい。
そういえば、漱石先生の「倫敦塔」のオチも落書きだった。
余はまた主人に壁の題辞の事を話すと、主人は無造作に「ええあの落書ですか、詰まらない事をしたもんで、折角奇麗な所を台なしにしてしまいましたねえ、なに罪人の落書だなんて当てになったもんじゃありません、贋も大分ありまさあね」と澄ましたものである。(p26)
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