不確実性は今なお続く

いま、村上春樹「夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997-2009」を読んでいる。
いつも、気になったことが書いてあったページの端を折りながら本を読んでいる。この本は折ったページが多すぎて、端が膨らんでしまった。それだけインスパイアされた箇所が多いということである。
その中から一箇所だけ引用してみようと思う。

…この短編集『神の子どもたちはみな踊る』…で僕が描きたかったのは、地震の余波(アフターマス)です。地震そのものではない。人々は世界中でつらい状況に置かれています。神戸だけではない。同じようなことがこの国中で、あるいは世界中で起こっているのです。人々はこの地面がソリッドなものではないと感じています。いつそれがでんぐり返るかもわからない。この本がアメリカで翻訳出版されたのはちょうど9.11のすぐあとで、アメリカの読者からたくさんの手紙をもらいました。地震もワールドトレードセンターも状況はある意味で同質です。もうソリッドな地面は我々の足元にはない。それがそこに共通している認識です。そのアフターマスは今でも続いています。

…1995年という時点で、日本人はもう日本という国の安全性について、全幅の信頼感をもつことができなくなっていました。経済的にも、また社会的にも。地震地下鉄サリン事件が、その不確実性の象徴のようになりました。この十年間は「失われた十年」だったと言われています。僕もまた同じように感じています。1930年代のアメリカと状況が似ているかもしれません。でもその中で我々は新しい価値と、新しい生活の規範を模索しています。それはとりもなおさず、僕がフィクション・ライターとしてこの十年間模索してきたことでもあります。
(pp341-343)

現在に至っても、阪神大震災地下鉄サリン事件、9.11は克服されず、社会への信頼感は失われたままである。村上春樹が「1Q84」でカルト教団を取り上げるのは、地下鉄サリン事件の結末がまだついていないということなのだと思う。
最近、幕末から明治にかけての変動について関心を持ち、いくつかの本を読んでいる。この時代も、江戸幕藩体制鎖国体制というソリッドなものが崩壊し、社会への信頼感が失われた時期だったと思う。その意味では、明治維新、敗戦についで、この1995年から始まる時代が、日本の近代では三回目の変動期なのだと思う。
明治維新では、それまでの幕藩体制朱子学を基礎とした封建思想に代わり、外来の西欧文化と水戸学と国学に源がある尊王思想が無理に継ぎ接ぎされて成立したナショナリズム国民国家が新しい価値、規範として提供された。しかし、夏目漱石が「現代日本の開化」で指摘したように、それは「皮相上滑りの開化」だった。
戦後、アメリカから導入された民主主義、東西冷戦下での自由主義国陣営の一員であることが新たな価値、規範となった。しかし、それも「皮相上滑りの開化」であり、賞味期限が切れたようである。
今回は、外国から新しい価値と規範を導入しようと考えても、それに当たるものがないように思える。新しい価値と規範は、自らの手で作り上げなければならないようである。
文学、小説に、そのような大きな構想が必要なのか、また、そのような大きな構想を持った文学や小説に価値があるというわけではないとも思う。しかし、文学を通して現代的かつ大きな課題に挑んでいる小説家は、日本では村上春樹しか見当たらないように思う。村上春樹は、いつの間にか、かつて夏目漱石がそうであったような国民的作家の立場に立つようになっている。

夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです

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神の子どもたちはみな踊る

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私の個人主義 (講談社学術文庫)

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