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日本近代文学の死(2)

雑感 小説 読書

昨日のエントリー「日本近代文学の死」(id:yagian:20110923:1316721100)の続き。
「日本近代文学の死」といっても、日本語で文学作品が書かれなくなるという意味でもなく、日本語の文学作品を読む読者がいなくなるという意味でもない。
「やがて哀しき外国語」のなかの「誰がジャズを殺したのか」というエッセイのなかで村上春樹は次のように書いている。

…NYのジャズ・クラブで耳にした他のミュージシャンのステージも、だいたいにおいてそういう程度のものだった。「悪くない/楽しい。でも聴き逃して悔やむというほどのものじゃない」

 結局のところ、残念ながらジャズというのはだんだん、今という時代を生きるコンテンポラリーな音楽ではなくなってきたのだろうと思う。

 でも新しいジャズが嫌いだというのではない。新しいジャズだって聴けば楽しいし、やっぱりジャズっていいなあと思うことだって多いのだ。でもそこには心を深く揺り動かすものはない。いまここで何かが生まれつつあるのだいう興奮がない。
(pp111-112)

"The Song for All of the Stupid Boys in the Word"(http://goo.gl/CIjr3)で、ジャズと同じように「いまここで何かが生まれつつあるのだという興奮」があるジャンルとしてのロックは1990年代(1970年代かもしれない)に死んだと書いた。そして、同じ意味で「日本近代文学」というジャンル(というよりも現象、もしくは、運動と呼んだほうが良いかもしれないが)は、極論すれば漱石鴎外の死で終わっている(ロックが1970年代で死んだと見なすのと同じように)か、せいぜい、「細雪」まで(ニルヴァーナまでロックは生きていたとするのと同じく)だと思う。
「日本近代文学」を「ジャンルというよりも現象、もしくは、運動と呼んだほうが良いかもしれないが」と書いたのは、ここで死んだと言っている「日本近代文学」は、西洋の衝撃を受けて日本語で「近代文学」を作り上げ「何かが生まれつつあるのだという興奮」があった期間を指しており、それは、「ジャンル」という静的な表現よりは、「現象、運動」という動的な表現の方が適当だと思うからだ。そして、その時期の「日本近代文学」こそが、世界の文学のなかでユニークなジャンルとして意味を持つひとつの「文学」だった。
「日本近代文学」が「現象、運動」として「興奮」があったのは、逆説的な言い方になるけれど、「日本近代文学」や「近代日本語」とは、それがまさに形成されつつあり、それがなにかよくわからなかった時期に限られているように思う。もはや「日本近代文学」が自明なものとして、また、制度としてできあがった後は、「興奮」は失われてしまった。「日本近代文学」「近代日本語」の形成に参加した世代は漱石鴎外で終わっている、その意味で「日本近代文学」の終点を彼らの死に置いてよいのではないか。
すでに「日本近代文学」が制度化され、そのなかで文豪として漱石鴎外が位置づけられているから見えにくくなっているけれど、同時代の世界文学において漱石鴎外は前衛的な作家だった。
漱石は、小説家になる前、文学研究者として西洋の文学と漢籍を超えた普遍的な「文学」の基礎理論としての「文学論」を書こうとしてロンドンで孤独な留学生活をおくっていた。そのような問題意識を持って「文学」を考えていた人もほとんどいなかっただろうし、さらに、そのような問題意識と方法論を持って実作をした小説家もほとんどいなかっただろうと思う。そのような問題意識を持ち得たのは、前近代の「文学」が血肉化されており、さらに西洋の「文学」の教養も深く身につけた漱石鴎外の世代だからこそである。そのような時代や世代は再現することができない一回きりのチャンスで、それこそが「日本近代文学」を成立させた。
朝日新聞に入社後は新聞小説というフォーマットで小説を書くようになったが、職業作家となる以前の数年間の漱石の作品の多様性にはほんとうに驚かされる。デビュー作の「吾輩は猫である」(有名な割には実際に読んだことのある人は限られていると思う)も、他に類例のないような奇妙な風刺小説である。数年の間に「薤露行」「坊ちゃん」「坑夫」と文体、手法ともにまったく異なる作品を残した。そして、最後に「明暗」に至る(そして「明暗」執筆中には気分転換のために漢詩を書いていた)。
鴎外は若い頃は小説家というよりは西洋文化の紹介者、翻訳者だったけれど、晩年の「渋江抽斎」「伊沢蘭軒」「北条霞亭」の史伝ものは、「史伝」という名前で呼ばれているように、「近代小説」の極限を越えてしまっている、これもきわめて前衛的な作品だと思う(前衛的すぎてほとんど読み通すことができない)。
漱石の「文学論」、鴎外の史伝もので「近代日本文学」の実験は限界まで行き着いたと思う。これにつけ加えるものがあるとしたら、谷崎潤一郎による西洋の「近代文学」へ日本の古典文学の応用であり、その実験の極限は「細雪」だろう。
繰り返すけれど、これ以降、日本語で書かれた文学に見るべきものがない、という訳ではない。しかし、「日本近代文学」という一回きりの実験はもう終わっていると思う。
その後、例えば、村上春樹の世界への進出は、もはや「日本文学」という文脈で語り尽くせないと思う。それはそれで、またいずれの機会に書こうと思う。

やがて哀しき外国語 (講談社文庫)

やがて哀しき外国語 (講談社文庫)

吾輩は猫である (岩波文庫)

吾輩は猫である (岩波文庫)

文学論〈上〉 (岩波文庫)

文学論〈上〉 (岩波文庫)

文学論〈下〉 (岩波文庫)

文学論〈下〉 (岩波文庫)

坊っちゃん (岩波文庫)

坊っちゃん (岩波文庫)

坑夫 (新潮文庫)

坑夫 (新潮文庫)

渋江抽斎 (岩波文庫)

渋江抽斎 (岩波文庫)

森鴎外全集〈7〉伊沢蘭軒 上 (ちくま文庫)

森鴎外全集〈7〉伊沢蘭軒 上 (ちくま文庫)

森鴎外全集〈8〉伊沢蘭軒 下 (ちくま文庫)

森鴎外全集〈8〉伊沢蘭軒 下 (ちくま文庫)

森鴎外全集〈9〉北条霞亭 (ちくま文庫)

森鴎外全集〈9〉北条霞亭 (ちくま文庫)

細雪 (上) (新潮文庫)

細雪 (上) (新潮文庫)

細雪 (中) (新潮文庫)

細雪 (中) (新潮文庫)

細雪 (下) (新潮文庫)

細雪 (下) (新潮文庫)