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現代的な国際化:在日ファンクときゃりーぱみゅぱみゅ

雑感

この前のエントリー(id:yagian:20110928:1317160068)で、箭内道彦「サラリーマン合気道」に触発されたという話を書いたけれど、さっそく一つまねをしてみることにした。
このウェブログのために小さなメモ帳を持ち歩いていて、ネタを思いついたときにメモをしていた(ネタ帳のことは、ここに書いたことがある "I love suffering from insomnia!" http://goo.gl/29GtR)。おそらく、何かを「クリエイト」する人は、多かれ少なかれネタ帳的なものをつけていると思う。しかし、箭内道彦は「アイデアは書き留めない」という。

…もちろん、大事な約束や予定などをメモしておくというのは社会人の基本的なルールだとは僕も思いますし、全てを覚えていられないのであれば、きちんと記録するべきです。
 しかし、そのメモを取るという行為ですが、アイデアにかんしてはちょっと事情が違うと思うのです。

 よくメモしていた時代は、アイデアを忘れたらもったいないという気持ちが強かったんだと思います。せっかく思いついたことも、ひと晩寝て次の日になると、もう半分ぐらい忘れていたりする。
 でも、実はそれがとても重要なんです。
 つまり、時間の経過によって自分の中でアイデアが客観的に淘汰されているんですね。どうしても強烈にやりたいことか、強烈に面白いことは絶対に忘れないものです。思い出せないようなアイデアは、「もう一回出直して来い!」という程度のものでしかない。そもそも重要でないから忘れたのだと僕は考えます。

 頭に浮かんだアイデアは、何日もかけて濾過され、時代とのマッチングとかフィッティングが検証されたり、別のアイデアと合わさって発酵したりして、変化していく。その変化を見守るためにも、僕は頭の中を常に流動的にしておきたいのです。
(pp19-22)

確かにネタ帳をつけているけれど、実際にはそれを見返してエントリーを書くということはあまりない。さあ、エントリーを書こうと思ってPCに向かったときに、何も書くことが思いつかないということはまずない。ネタ帳からネタを拾って書くよりも、結局、その瞬間に書きたいと思ったことを書くのが、自分にとっても切実なものが書けるし、また、鮮度が高いいきいきとした文章になるような気もする。
ネタ帳を読み返すと、一見おもしろそうなネタだけれども、鮮度が落ちてしまって、エントリーという形に具体化しなかったものも多い。結局、それらのネタは淘汰された訳で、それほど大したアイデアではなかったということなのだろう。
さて、ここからが今日の本題。
来月、久しぶりにライブに行く予定が入っている。「在日ファンク」(http://goo.gl/q2HZI)というバンドである。
それが狙いなのだろうけれど、はじめてこのバンドの名前を聞いたとき、いったいどういう人たちなのだろうか、「在日」で「ファンク」とはいったいどういう意味なのかと興味をそそられた。
彼らのウェブサイトを読むと、別に「在日韓国人」に関係があるわけではないようだ。

高祖ジェイムス・ブラウンからの流れを汲むファンクを日本に在りながら(在日)再認識しようと、音、思想、外観あらゆる面から試みるそのあり様は目を覆うものがある。
しかし、それがまさにファンクだということに彼らはまだ気がついていない…

確かに、音、外観(思想はよくわからないけれど)は、「高祖」ジェイムス・ブラウンのコピーである(しかも本格的に)。しかし、もちろん「在日」である彼らはけっしてジェイムス・ブラウンにはなれない。

ニューアルバムの「爆弾こわい」のプロモーションのためのインタビューで在日ファンクのメンバーは次のように語っている。

浜野 でもね、やっぱりどんなに好きでも、ジェームス・ブラウンにはなれないんですよね。なので、彼の生き様や、彼の奏でるファンクと僕らのズレを楽しもうと思っているんですよ。

――“ズレを楽しむ”とは?

浜野 僕らは日本人なので、彼らアフリカンアメリカンと同じ形のレベル・ミュージック(反抗の音楽)はできないんです。なのでいい意味で勘違いするしかないということですね。

浜野 日本でやる時点でズレてるんだしもっと自由でいいんですよ。

久保田 だからこそこの新作の中には「これがファンクの形だ、どうだ!」とか、「まさにファンクらしいフレーズだろ!」というのがまるでないんです。

こういう「ズレ」に自覚的なところが彼らのいいところだと思う。最近、Hip Hopを聴くようになったのだけれども、日本のHip Hopは往々にして「痛い」(もちろんHip Hopに限らず、輸入された文化は「痛い」ことが多いのだけれども)。「在日」で輸入された文化をやる、ということに自覚的でないと、ただの劣化版のコピーになってしまう。こういう「ズレ」を自覚することが国際化の一つの方向なのだと思う。
一方、まったく反対の方向から国際化にアプローチしていると思うのが、きゃりーぱみゅぱみゅだと思う。
最近、つれあいが韓国のガールズポップグループのf(x)に凝っていて、よく韓国のガールズグループのプロモーションビデオを見ることがある。

彼女たちと比べると、きゃりーぱみゅぱみゅがきわめて独特だということがわかると思う。きわめて日本的だと思う(けっして彼女のファンという訳ではないのだが、妙な中毒性があって困るのだが)。

おもしろいことに、在日ファンクは「在日」でファンクすることにこだわっているけれど、逆にきわめてドメスティックなきゃりーぱみゅぱみゅは国際的なプロモーションに熱心で、それなりに海外からの反応もあるように見えることである。
例えば、facebook(http://goo.gl/c11W5)やtumblr (http://goo.gl/GfX62)に多言語に対応したページを作っている。海外の日本マニアはインターネットを経由して情報を収集しているから、こういうプロモーションは効果的なのかも知れない。(tumblrに、彼女のエッセイ"Oh! My God Harajuku Girl"の英訳があって、彼女の本を買う気までは湧かないのでそれをパラパラと読んでいる。シンプルで読みやすい英語なので、英語の学習用にいいと思う。英語圏以外のファンも意識した英語なのかも知れない。)
海外の音楽を本格的にコピーしつつ、それを「在日」ですることを自覚し、あえてズレを楽しむ在日ファンク。一方で、極めて日本的な文化を突き詰めつつ、国際的なプロモーションをしているきゃりーぱみゅぱみゅ。それぞれがそれぞれの方法で国際化している。現代的な国際化というのはこういうことなのか、と思う。

爆弾こわい

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もしもし原宿(通常盤)

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Oh! My God!! 原宿ガール

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