原典にあたる必要性:「冷温停止状態」と原子力安全委員会

野田首相福島第一原子力発電所の「冷温停止状態」を宣言したというニュースを見た(「首相、原発事故収束を宣言 「冷温停止状態を確認」」朝日新聞ウェブサイト 2011年12月16日23時59分(http://goo.gl/qYJkz))。
冷温停止状態」という用語については、専門家からも疑問が呈されているという記事も見かけた(例えば、"Japan May Declare Control of Reactors, Over Serious Doubts" The New York Times website, December 14, 2011 (http://goo.gl/zZQiC))。
テレビで原子力安全委員会の班目委員長が「冷温停止状態」に否定的な発言をしているのを見かけた。記事を検索してみると、以下のような班目委員長の発言が引用されていた。

原子力安全委員会として使ったことはない言葉。『冷温停止状態』について、何かものを申す気はない」
「前のめりの政治判断 「緊急事態」続く」中国新聞ウェブサイト '11/12/17 (http://goo.gl/BA45V)

しかし、その一方で、原子力安全委員会が「冷温停止状態」についてお墨付きを与えたかのような記事もあった。

 国の原子力安全委員会(班目春樹委員長)は12日、廃炉作業まで福島第1原子力発電所の安定を保つために東京電力がまとめた「施設運営計画」を妥当と認めた。同計画は「冷温停止状態」を判断する条件の一つ。既に経済産業省原子力安全・保安院が9日に妥当と評価している。保安院と安全委の判断を受け、政府が近く冷温停止状態を宣言する見通し。
「福島第1の運営計画、安全委も「妥当」 冷温停止宣言へ 」日本経済新聞ウェブサイト 2011/12/12 20:22 (http://goo.gl/IuEQ1)

いったいどういうことになっているのだろうか。これは、マスメディアで断片的な情報をつなぎあわせても理解できないと思い、それぞれの発言の原典をあたることにした。非常に便利なことに、現在では重要な記者会見の内容は主催者のウェブサイトで公開されている。
まず、野田首相の「冷温停止状態」の宣言に関する記者会見から。首相の記者会見の内容は、首相官邸のウェブサイト(http://goo.gl/634P)で読むことができる。

 福島の再生なくして日本の再生なし。就任以来私はこの言葉を何度も口にして参りました。福島の再生の大前提となるのは、原発事故の収束であります。3月11日に事故が発生して以来、まずは何よりも原子炉の状態を安定させるべく、国の総力を挙げて対応してきたところであります。原発の外の被災地域では、いまだに事故の影響が強く残されており、本格的な除染瓦礫の処理、避難されている方々のご帰宅など、まだまだ多くの課題が残っていることは事実であります。他方、原発それ自体につきましては、専門家による緻密な検証作業を経まして、安定して冷却水が循環し、原子炉の底の部分と格納容器内の温度が100℃以下に保たれており、万一何らかのトラブルが生じても敷地外の放射線量が十分低く保たれる、といった点が技術的に確認をされました。
 これを受けて本日、私が本部長を務める原子力災害対策本部を開催をし、原子炉が冷温停止状態に達し発電所の事故そのものは収束に至ったと判断をされる、との確認を行いました。これによって、事故収束に向けた道筋のステップ2が完了したことをここに宣言をいたします。
「野田内閣総理大臣記者会見」平成23年12月16日(http://goo.gl/KiH17)

野田首相は「原子力災害対策本部を開催をし、原子炉が冷温停止状態に達し発電所の事故そのものは収束に至ったと判断をされる、との確認を行いました」と語っている。その判断の根拠として「専門家による緻密な検証作業」を挙げている。確かに、「冷温停止状態」を確認したのは「原子力災害本部」であり、また、その根拠が「専門家」としか言っておらず、原子力安全委員会が確認したとは一言も言っていない。
その根拠を探してみると、経済産業省ウェブサイト(http://goo.gl/qYEM)から、「原子力発電所事故収束に向けた道筋」というページ(http://goo.gl/9xyXE)があり、そこから「東京電力福島第一原子力発電所・事故の収束に向けた道筋 ステップ2完了報告書」原子力災害対策本部政府・東京電力統合対策室平成 23 年 12 月 16 日(http://goo.gl/0WG8S)という報告書が公表されている。そのなかで以下のように述べられている。

1.ステップ2の目標「冷温停止状態」の達成
●以下の項目を確認し、「冷温停止状態」を達成していることを確認。
・ 圧力容器底部及び格納容器内の温度が概ね 100℃以下になっていること。
・ 注水をコントロールすることにより格納容器内の蒸気の発生が抑えられ、格納容器からの放射性物質の放出が抑制されている状態であること。
・ 現時点における格納容器からの放射性物質の放出による敷地境界における被ばく線量は0.1ミリシーベルト/年と、目標とする1ミリシーベルト/年を下回っていること。
・ 循環注水冷却システムの中期的安全(設備の信頼性(多重性と独立性等)不具合・異常等の検知、復旧措置・必要時間の確認、異常時の評価等)が確保されていること。
(p3)

気になるのは、この報告書の主体は「原子力災害対策本部政府・東京電力統合対策室」であり、具体的にはだれが専門家として評価に参加したか書かれていないことである。
それでは、この報告書と原子力安全員会はどのような関係にあるのか。結論を書けば、直接は関係ないということのようである。
原子力安全委員会のウェブサイト(http://goo.gl/Tm5E2)に、「東日本大震災関連情報」(http://goo.gl/nLbEn)がまとめられており、「福島第一原子力発電所における事故への対応に関する原子力安全委員会の活動について」(http://goo.gl/xaesD)という文章のなかに、原子力安全委員会は「1.内閣総理大臣等に対する技術的助言」を行うと書かれている。そして、その技術的助言をリストアップしたページ(http://goo.gl/sNqhh)があり、「2011/09/30 原子力災害対策特別措置法第20条第5項の規定に基づき意見を求める件に対する意見(避難区域の解除)」が最後の助言である。今回の「冷温停止状態」の判断には、原子力安全委員会としては特に助言を行なっていない。
それでは、日本経済新聞「福島第1の運営計画、安全委も「妥当」 冷温停止宣言へ 」の記事の内容を確認すると、「第86回原子力安全委員会定例会議 平成23年12月12日(月) 」(http://goo.gl/8a4vk)のなかで、「(3)東京電力株式会社「福島第一原子力発電所第1〜4号機に対する「中期的安全確保の考え方」に基づく施設運営計画に係る報告書(その1)」の評価 」という議題があり、それが該当するようだ。その議題の資料「「東京電力株式会社「福島第一原子力発電所第1〜4号機に対する「中期的安全確保の考え方」に基づく施設運営計画に係る報告書(その1)」の評価」経済産業省 原子力安全・保安院 平成23年12月12日」(http://goo.gl/y1UZe)に次のように書かれている。

原子力安全・保安院(以下「当院」という。)は、ステップ2終了から原子炉の廃止に向けての作業開始までの期間(中期:3年間程度以内)における公衆及び作業員の安全を確保するため、安全確保の基本目標及び要件を定めた。また、併せて東京電力株式会社(以下「東京電力」という。)が事故収束に向け行う応急の措置が、当該安全確保の基本目標及び要件に適合していることを確認するため、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(以下「原子炉等規制法」という。)第 67 条第 1 項に基づき報告徴収を行った。

評価の結果、東京電力の施設運営計画については、下記の基本目標を達成する上で必要な措置であり、応急の措置として実施することについて、公衆及び作業員の安全を確保する上で妥当なものであると判断する。
(p1)

原子力安全委員会は、東京電力から提出された原子力安全・保安院の評価結果の検証を行なっている。東京電力の報告書は、ステップ2終了後の施設運用計画について述べたものであって、ステップ2の終了の判断をするものではない。また、「冷温停止状態」という言葉は一切出てこない。
この「第86回原子力安全委員会定例会議」の速記録(http://goo.gl/XGfPQ)に、次のように書かれている。

○ 班目委員長 よろしくお願いします。他には何かございますか。
 よろしゅうございますか。今後につきましては、東京電力の施設運営計画に基づいて中期的安全確保がなされていくものとは思いますけれども、今、代谷委員、久木田委員からもお話があったように追加的措置等も含めて、更に、安全確保に万全に期していくことが重要であると思いますので、よろしくお願いいたします。
 それから、これは事前に説明を受けたときにも申し上げたことですけれども、通常時に規制行政庁が行っている施設検査や定期検査、あるいは保安検査等の各種検査ですとか、運転管理についてどうするのかということについて、少し整理を行っていただきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
 この施設運営計画では、非常時や事故等を想定した安全評価が行われていて、福島第一原子力発電所に係る避難が必要となるような事態、これは非常に少ないと考えますが、今後とも応急の措置を講じる中で、不具合やトラブルが起こり得ると考えます。原子力安全・保安院におかれましても、この評価ということによって安心することなく、しっかりと監視、確認、及び東京電力の指導をお願いしたいと思いますのでよろしくお願いいたします。
(p22-23)

班目委員長に限らず、各委員も専門家として懸念を抱いている事項は率直に指摘しているような印象はある。逐語的な議事録も公開されているから、理にかなっていない発言はできないと思う。
そして、中国新聞の「前のめりの政治判断 「緊急事態」続く」の記事に引用されていた発言は、この会議のあとの記者ブリーフィングの発言であるらしい。これについても原子力安全委員会のウェブサイトに議事録が掲載されている(http://goo.gl/vmibq)。

○班目原子力安全委員長
 現時点で、例えば、燃料がどういうふうになっているのかというのを正確に予想することは、これは誰がやっても非常に難しいことだろうと思っています。我々としては、あのワークショップみたいなものを開いていただいて、いろいろな意見があるのだという、そういう認識を進めてもらうということが、まず第一歩だと思っていまして、あれを開いたということは高く評価してございます。
 逆に、その中でこんなところだというひとつの線を出すということがむしろ無理があると思うので、むしろ保安院としては、ああいうようなものをこれからも何回も開いていって、その中でだんだん状態というのをしっかりと把握するように努めていただきたい。それに尽きます。
恐らく、今後、状況の変化というのもあると思います。ふたを開けるのは相当先になると思いますけれども、例えば、ファイバースコープを使って何か見るかもしれないし、そういうような折々に、是非、しっかりとした評価をしていただければというふうに思っています。

 まず、冷温停止状態なる言葉を原子力安全委員会として使ったことはないというか、そういう形での話は聞いているけれども、冷温停止状態というものについて、原子力安全委員会が何か物を申す気はない。これは原子力災害対策本部とか、保安院の方で使っている用語ですので、そちらの方でちゃんとした定義をして、皆さんが誤解ないようにしていただければよろしいかなというふうに思っています。

 ご承知のとおり、冷温停止という言葉は、これは通常状態の原子炉については、非常にはっきりとした定義があって、冷却水の温度が100℃以下になることなのですね。
 我々としては、あのようにメルトダウンを起こしてしまっているような炉心に対して、冷温停止を定義することは非常に難しいだろうなというふうに、かなり早い段階から思っていましたので、なるべくそういう言葉は我々としては使ってこなかったと考えております 。
(pp4-5)

これを見ると、今回の「冷温停止状態」宣言、また、その根拠となった原子力災害対策本部の報告書には原子力安全委員会としては関知していないこと、また、専門家としての見地からは「冷温停止」という用語をメルトダウンをしている原子炉に当てはめることは難しいと考えていることがわかる。
ここからは私見になるが、The New York Times "Japan May Declare Control of Reactors, Over Serious Doubts" が指摘しているように、今回の「冷温停止状態」宣言は多分に工程表を順守したかのごとく示すための政治的なものであると思う。また、メルトダウンしている原子炉における「冷温停止状態」という用語は専門家の間で合意があるものではないから、その意味では都合のいい定義ができ、操作可能ということだろう。
原子力安全委員会は、総理大臣に対して助言をすることとされている。しかし、「冷温停止状態」宣言については、原子力安全委員会の助言は求められていないし、原子力安全委員会の方でも突き放したようなコメントをしている。おそらく、あくまでも中立的かつ専門的な立場からはお墨付きを与えることができないような内容であり、そのことを内閣も原子力安全委員会も認識しているがゆえに助言を求めなかったのだろうと思う。
逆に言えば、原子力安全委員会は思われている以上に中立的な立場を維持しており、そのために政府から忌避されている場面もあるということではないだろうか。
あともう一つ思うことは、マスメディアの報道は、嘘をついている訳ではないけれども、都合のいい情報のみを選別することで印象操作をしていると思う。日本経済新聞の記事は事実のみを書いているけれども、原子力安全委員会が「冷温停止状態」を認めたかに読める。しかし、それは事実ではない。
数時間の時間を割きさえすれば、この程度の情報を素人がすぐに集めることができるインターネットには大きな意味があると思う。マスメディアの記事も、もし、ほんとうに自信があればニュースソースとなった情報のリンクを記事につけてもらいたいと思う。しかし、それをすれば、マスメディアの恣意性が顕になってしまうから、決してしないだろうと思うけれども。