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市場という海に浮かぶ企業という島と市場メカニズムを使ったプロジェクトマネジメントに関する試案

ロナルド・H・コース「企業・市場・法」という本を読んでいる。
内容もいいのだけれども、なんといってもコースという人の問題設定のセンスがすばらしい。市場メカニズムのなかで、なぜ、企業という組織体が存在するのか、という問題について考察している。
私の経済学について知識は、大学の教養過程での講義レベルである。大学のミクロ経済学の講義を思い出してみると、経済人の効用最大化の仮定、代替と無差別曲線、需要曲線と供給曲線と価格決定のメカニズム、パレート最適という順序で市場メカニズムの解説があり、その次に市場の失敗に話が進んでいったような記憶がある。
たしかに、競争市場における消費者や生産者は、あたかも「個人」のような存在が仮定されていて、内部に「組織」を持った現実の「企業」のような存在ではない。市場の失敗に話が進むと、独占や寡占というテーマが登場し、供給をコントロールできる巨大な生産者が超過利潤を得ることができるという議論が登場する。しかし、現実の世界では、独占や寡占のために「企業」が存在するのではなく、その他に大小さまざまな「企業」が存在する。初歩の経済学では「企業」という組織体が市場という海のなかに島のように浮かんでいる理由が説明されない。
企業のなかで資源の配分は計画と経営の判断によって行われている。もし、初歩の経済学が説明するように市場メカニズムが最適な資源の配分を実現するならば、なぜ、わざわざ計画に基づく資源の配分という方法が選択されているのだろうか。もし、国家全体に企業組織が拡大された状態を想定すると、社会主義国家になる。つまり、市場のなかに「企業」が存在するという状況は、全体としては市場メカニズムによって資源が配分されているけれど、そのなかに点々と社会主義国家的な組織が散りばめられているということになる。
コースは、この問題に経済学的に検討する。こういう本来の意味での「ラディカル(根源的)」な問題のことを考えるとわくわくする。彼のこの問題への回答を引用したい。

…企業の外部では、価格の変動が生産を方向づけ、それは市場における一連の交換取引を通じて調整される。企業の内部では、このような市場取引は排除され、交換取引をともなう複雑な市場構造に代わって、調整者としての企業家(entrepreneur)が方向づける。…もし生産が価格の変動で調整されるなら、生産はいかなる組織なしでも遂行され得るであろうという事実からみて、当然、次のような疑問が発せられよう。なぜ、組織が存在するのであろうか。

 企業を設立することがなぜ有利かという主要な理由は、価格メカニズムを利用するための費用が存在する、ということにあるように思われる。生産を価格メカニズムを通じて「組織する」ことにともなう費用のうち明白なものは、関連する諸価格を見つけ出すための費用である。…また、市場で生ずる各々の交換取引の際に、それぞれについて交渉を行い契約を結ぶための費用も考慮されねばならない。…企業が存在する場合には、契約はなくなるのではなくが、大幅に減少する。生産要素(あるいはその所有者)は、同じ企業のなかで協働する場合には、この協働が価格メカニズムの作動の直接の結果としてなされる場合に当然に必要となる一連の契約を、他の生産要素との間に結ぶ必要はない。

…もし、組織化することである種の費用を排除し、生産費を実際に低減させることができるのなら、いったい、なぜ、市場取引がそもそも存在しているのだろうか。…
 第一に、企業が大きくなるにともない、企業家の機能に関して収穫逓減が働くかもしれない。すなわい、追加的な取引を企業内に組織化するための費用が増加するかもしれない。…第二に、企業内に組織化される取引が増加するにしたがって、企業家は生産要素をその価値が最大になるように配置することに失敗するかもしれない。すなわち、生産要素を最も有効に利用し損なうことがあるかもしれない。…
…追加的な取引を自らの企業内に組織化するための費用が、その同じ取引を公開市場で交換という手段で実行するための費用、もしくは他の企業のなかに組織化される際の費用と、等しくなるところまでである。
(pp41-48)

なるほど。すばらしい。
私の会社は、基本的にプロジェクト単位で業務を行なっている。だから、原理的には社員を雇用せずに、プロジェクトを立ち上げるたびにメンバーを市場から調達してもよいはずである。しかし、実際には社員を雇用している。コース風に説明するならば、そのプロジェクトのある役割に最適で最も価格の安いメンバーを市場から探し出すための費用が存在し、また、いちいち業務を定義して契約を締結することに費用がかかるからだ、ということになるだろう。
噛み砕いて言えば、はじめて一緒に仕事をするメンバーはなかなか能力を把握することができないからリスクが高いし、請負契約を結んだ外注先のメンバーには仕様外の仕事が発生した場合融通を利かすことが難しい(実際には、無理を言うことは多いのだが)が、社員であれば能力もわかっているし、無理を利かせるための手間がかからない。
しかし、プロジェクトのすべてのメンバーを雇用した社員で遂行するのは非効率なことも多い。その社員に適したプロジェクトがなくて遊休人員が生じることもある。派遣会社という存在は、人を探すための情報、契約のための費用を軽減するためのサービスを提供しているということになるのだろう。
「大きな組織だと改革が難しいのなら」(http://goo.gl/eV7u9)というブログのなかで、日本の電機メーカーの事業構造改革の停滞について興味深い指摘がされていた。コースによれば、企業という組織は、その組織によって節約される取引費用と組織の内部費用の関係によって規定される。近年の情報技術の進展によって、市場で情報を収集する費用、また、組織内部を管理する費用の構造に大きなインパクトがあったから、最適な組織の構造が変化したはずである。しかし、日本の企業はその変化に追いついていない。
日本の総合電機メーカーは、多くの商品のラインナップを抱え、自らの組織で生産をし、部品は固定的な関係を持つメーカーから調達している。かつて、パナソニックは販売店網を組織していたが、家電量販店の登場によって小売の部分はメーカーのコントロールから離れた。
一方、Appleは、商品のラインナップを絞込み、開発とマーケティングをしているけれど、生産はアウトソースしている。一方、Apple Store、iTune Storeなど小売のコントロールをしている。
かつてはシナジー効果という言葉が使われていたけれども、多様な製品を管理するための管理の費用と多くの商品のラインナップを抱えていることによるシナジー効果の比較は冷静な検証が必要だろう。また、バリューチェーンのなかで、どの段階を組織化し、どの段階をアウトソースすべきかということも、情報技術の進展による効果を考慮すべきだ。もっとも、日本の総合電機メーカーがフルラインナップなのは、シナジー効果を冷静に検討した結果というよりは、固定的な雇用関係で抱えてしまった従業員を活用するため、利益率は低くても事業を継続しなければならないということが主な要因かもしれないが。
さて、私の会社に話を戻そうと思う。プロジェクトベースの業務が中心であるが、当然「企業」なので「計画」中心の組織化によって資源配分を行い、利潤の最大化を図ろうとしている。しかし、市場メカニズムを企業内の資源配分してみたらどうなるだろうか。思考実験をしてみようと思う。
会社、組織の利潤を最大化を、プロジェクトの利潤を最大化することで実現しようとしている。これが実現するためには、当然のことながら、プロジェクト単位の利潤を合計すると、組織、会社の利潤となるように制度設計する必要がある。
しかし、実際には両者の乖離が大きい。乖離の原因はさまざまあるのだけれども、最大の問題は、人件費である。私の会社では裁量労働制を採用しているため、人件費は勤務時間にかかわらずほぼ一定であるから、会社、組織から見ると人件費は固定費である。一方、プロジェクトでは、人件費はそのプロジェクトに投入した時間に比例して配分する。つまり、プロジェクトからみれば人件費は変動費になる。
この二つを結ぶために、プロジェクトの原価計算用の人件費単価がある。これは、人件費総額を計画稼働時間で除して設定している。人件費総額は固定費だから実稼働時間に対して変動しないが、稼働時間はその時の受注の状況などで変動する。このため、最終的に確定される稼働時間の実績は計画と乖離してしまう。このため、実稼働時間に人件費単価を乗じて求めるプロジェクトの人件費を総計しても、全社、組織単位の人件費と一致しない。このため、全社、組織の利潤を最大化するためには、プロジェクトの利潤を最大化すればよい、ということにならない。したがって、いくらプロジェクト単位で利潤を最大化するように稼働時間やメンバーのアサインを工夫しても、全体最適化にはならない。
また、組織の長は、稼働時間が低いメンバーをどうすれば有効活用できるか頭を悩ませることになる。稼働時間が低いメンバーは、生産性が低いことが多い。プロジェクトマネージャーは、同じ人件費単価であれば生産性が高い忙しいメンバーをアサインすることを望む。その方がプロジェクトの利潤は増加するからだ。しかし、組織全体の利潤の最大化を考えれば、稼働時間が低いメンバーを有効活用する必要がある。
経済学的に言えば、メンバーのアサインを最適化するための情報である価格、すなわち人件費単価が機能していないということになるのだろう。
それならば、メンバーの価格やアサインに全面的に市場メカニズムを導入すればどうなるだろうか。以下は、あくまでも現状の労働慣行では実現が難しいから思考実験ではあるけれども。
まず、社員を次の三つのカテゴリーに分類する。プロジェクトの受注、利潤の確保に責任を負うプロジェクトオーナー(コンサルティングファームであれば、パートナーと呼ばれる人がこの役割を担っていると思う)。プロジェクトの遂行をするメンバー。この中には、プロジェクトマネジメントの責任を担うプロジェクトマネージャーも含む。あと、会社全体で機能を担ったほうが効率的な業務、例えば、会計や基盤となる情報システムの管理を行うコーポレート。
そして、メンバーの価格、すなわち、人件費単価は、メンバー自身が決定、宣言することにする。メンバーに対して支払われる報酬は、人件費単価に稼働時間を乗じ、コーポレートの費用を除いた金額を支払うこととする。
プロジェクトオーナーは、プロジェクトを組成するときに、それぞれのメンバーが自ら宣言した価格でメンバーの稼働を「購入」する。メンバーは、自分の収入を最大化するために、プロジェクトオーナーがどの程度の価格であれば「購入」してもらえるか考慮して決定する。そうすれば、特に組織的に管理をしなくても、市場メカニズムを通じて稼働時間の最適化が実現するはずである。
また、コーポレートの費用もサービス別に責任者が価格をつけ、プロジェクトオーナーに対して「販売」する。プロジェクトオーナーには、仮に社内のコーポレートのサービスの価格が高ければ、社外のサービスを利用する権限を与える(例えば、社内の情報サービスの価格が高ければクラウドサービスを利用するなど)。コーポレートの責任者にも収益目標を与える。そうすれば、社内で提供することが非効率なサービスは自動的に縮小される。
地球温暖化個人主義」(id:yagian:20080628:1214631090)というエントリーで書いたけれど、私は、個人の理性の計画能力には限界があると考えている。計画よりは、各個人の理性を集合するような市場のようなメカニズムを使ったほうがよりよい結果がもたらされると考えている。その意味では、反マネジメント主義者、反経営主義者ということになるのかもしれない。

企業・市場・法

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市場・知識・自由―自由主義の経済思想

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