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「わたしを離さないで」と「1Q84」

雑感 映画 読書

本も映画も意欲が亢進して続けざまに読んだり、観たりする時期があり、しばらく手に取らない時期もある。最近は、映画熱が高まっていて、週末にTSUTAYAで2本ほど映画を借りるのが恒例になっている。ここしばらく気にはなっていたものの見逃した映画がたくさんあるので、借りる映画には困らない。
そのなかで、カズオ・イシグロが原作の「わたしを離さないで」を見た。小説は以前に読み、衝撃を受けていた。気に入った小説が映画化された場合、往々にして失望するのだけれども、映画版もなかなか優れていた。小説の設定がしばらく前のイギリスだったから、小説からは私が十分に想像できなかったイギリスの景観、特に、ヘルムシャーの学校の様子には納得させられた。「わたしを離さないで」にはカズオ・イシグロ自身も関わっているというが、「日の名残り」の映画もなかなか優れている。
「わたしを離さないで」を見ながら、「1Q84」を思い出していた。私は、村上春樹のファンでもあり、カズオ・イシグロのファンでもある。この二人を同時に愛読している人も多いのではないかと思う。偶然にも、この二つの作品は近過去のパラレルワールドに関する小説である。
小説の優劣を議論することはあまり意味があるとは思えないが、私は個人的には「わたしを離さないで」の方を好んでいるし、あえて言えば「優れている」と思っている。
優劣を議論することにあまり意味があると思えないのは、小説の評価基準は多様であり、それについて合意ができなければ優劣に意味がないからだ。ここで、「わたしを離さないで」が「優れている」というのは、小説としての完成度である。おそらく、カズオ・イシグロの方が緻密に小説を設計していることにはおおかたの人が同意してくれると思う。
もちろん、緻密な小説が人の心を揺さぶるとは限らないし、村上春樹はあえて緻密さを犠牲にしているところがあり、それが人の心を揺さぶることもある。私は「ねじまき鳥クロニクル」が好きだが、ある意味破綻している部分もあるこの小説には心を動かされる。だから、完成度、緻密さが小説としての価値を決めるとは思わない。しかし、「わたしを離さないで」と「1Q84」は、完成度の差が、私にとっての好悪、価値の差に繋がっている。
日の名残り」もそうだが、カズオ・イシグロの小説は企みが深い。小説のなかに散りばめられた手がかりを追いかけることで、さまざまなレベルで読み解くことができる。
日の名残り」は、表層的にはイギリス貴族の伝統に「名残り」惜しむ執事の回顧譚である。そう読んでも十分に楽しむことができる。しかし、彼が使えた主人は、ナチスドイツへの融和派で、戦後のイギリスでは、おそらく尊敬を失っている。それは、あからさまには書かれていない。ここまではよく「日の名残り」の批評でよく書かれている。しかし、あくまでも現時点からさかのぼって判断すればナチスに融和することが誤りだったと言えるけれども、当時としてその判断が誤りだったと必ずしもいえるのだろうか。「日の名残り」では、執事の一人称で語られており、その主観に映ったことだけが書かれているため、そこから抜け落ちたことに対する読者の想像力をよりかきたてることになる。
村上春樹もあえて書かないことによって読者の想像力を喚起する手法はよく使っている。もちろん意識的なものだと思う。しかし、良くも悪くもどこまで書き、どこまで書かないかという意図については、カズオ・イシグロのほうがより意識的、自覚的だと思う。「わたしを離さないで」と「1Q84」、特に、book3については、両者の差を感じるし、そのことが私が「わたしを離さないで」の方を好む大きな理由になっている。
日の名残り」と同様に「わたしを離さないで」も一人称で語られている。キャシーはヘルムシャーの教育で、いわば「洗脳」されており、その歪んだ主観(歪んでいない主観などは存在しないが)から語られている。彼らは「提供」を受ける人々から隔離されているから、キャシーの主観からも「提供」を受ける人々の世界について語られていない。
ヘルムシャーの校長は、あたかも「カッコーの巣の上で」の婦長のような存在に見える。しかし、彼女はグロテスクな世界のなかで比較的「人道的」だったことが明かされる。しかし、彼女自身もおそらくは「提供」を受けることで長命を維持しているはずである。想像をめぐらすと、「わたしを離さないで」の世界は二重、三重、四重の意味でグロテスクで歪み、偽善で固められている。カズオ・イシグロの偽善への静かな、しかし、厳しい告発に心を揺さぶられる。
1Q84」は、book3に入って青豆と天吾の二人の語りから、牛河の視点が加えられる。小説の構成としては、当初の構想からはずれているという意味では、破綻といえるだろう。「ねじまき鳥クロニクル」も同じように第三部があとから追加されて書かれている。「羊」三部作も、当初の大きな構想があった訳ではないだろう。だから、その破綻が小説の傷とは言い切れない。しかし、「ねじまき鳥クロニクル」の第三部が小説世界を深めていると思うけれども、book3が、読者の想像力をより喚起して、小説の世界を奥深くしているか疑問を感じている。
1Q84」には放置された伏線が多い。そのなかで、book3は青豆と天吾の関係について伏線を回収したのだが、効果的だったのだろうか。青豆と天吾の物語はもっとオープンエンドであってほしかったし、他の伏線も決着を付けなくてもよいけれど、もう少し書き込んでもらった方が想像を膨らますことができたように思う。
その点、「わたしを離さないで」は、完璧な構成だと思っている。

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

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日の名残り (ハヤカワepi文庫)

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1Q84 1-3巻セット

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カッコーの巣の上で [DVD]

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