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百聞は一見に如かず:石原莞爾「世界最終戦論」

最近、青空文庫岩波文庫で戦前の左翼の人たちの本を読んでいたのだが、それでは片手落ちだと思い、戦前の右翼の人の本も読もうと思って石原莞爾を読んでみた。
以前、北一輝日本改造法案大綱」を読んで、読みにくいなと思った記憶があり、石原莞爾はどんなもんだろうかと思っていたけれど、いい意味で期待を裏切られた。衒学的なところがなく、むしろ素朴なぐらい論理がストレートで、非常にわかりやすい。
確かに、彼の日蓮宗天皇、八紘一宇への信仰は共感はできないけれど、言いたいことは理解できる。また、その他の部分、特に、軍事学的な部分は論理的だし、現時点から振り返ると彼の見通しは実によく当たっている。
彼は、戦争を持久戦争と決戦戦争に大別し、兵士の調達方法、武装、地理によってそれぞれのタイプの戦争が主流になる時代が変遷すると指摘している。
フランス革命が成立する以前のヨーロッパにおいては、戦争は主として傭兵によって戦われていたため、リスクを負って相手を殲滅させようとする決戦戦争が実行されることはなく、政略、謀略を使いながら戦争目的を実現する持久戦争が主流だった。
フランス革命によって国民国家が成立し、国民皆兵が実現すると、ナポレオンは決戦戦争を実行して大陸ヨーロッパを征服した。しかし、国土が広いロシア、ドーバー海峡に遮られたイギリスとは持久戦争となり、一気に決着をつけることができなかった。
第一次世界大戦(石原によれば第一次欧州大戦)においては、ドイツは決戦戦争を求めたが、機関銃という防御側の有力な兵器によって持久戦争になったと考えている。
日本陸軍プロシアの決戦戦争の戦略を直輸入していることに石原莞爾は疑問を感じている。日露戦争において、日本は決戦戦争を前提とした戦略を取っていたが、満州からロシアの広い後背地を考えると持久戦争を前提とすべきではなかったかという疑問を呈している。たしかに、日露戦争はロシアの領土でも日本の領土でもない満州で戦われており、もし、ロシアが自らの国内の政情不安を考慮せず、徹底した持久戦に持ち込んでいたら、きわめて厳しい状況になっていたはずだ。
石原莞爾満州事変の首謀者だが、日中戦争に関しては反対していたい。皮肉なことに、上司を裏切って満州事変を拡大した石原莞爾は、日中戦争では部下に裏切られ、その拡大を止めることができなかった。石原にしてみれば、日中戦争は持久戦争になることは明らかで、国力の損耗に繋がると思っていたのだろう。
以前、私自身、戦前の日本にとってのポイント・オブ・ノーリターンがどこかということを考えたことがあるが、日中戦争を本格的に拡大したところがポイントだったと思う。戦争の是非といった倫理観は別として、当時の国際関係を考えると、満洲国設立までは理解できるが、日中戦争は戦略が理解できない。おそらく、戦略はなく、また、戦争の帰結への見通しもなかったと思う。蒋介石はアメリカを日本との戦争に巻き込むという戦略を持っており、その通りに戦争は展開していった。
さて、石原莞爾の戦争論に戻るが、彼の考えでは、その本を執筆していた時期、ドイツがフランスに対して開戦した時期は、基本的には持久戦争の時代だという。しかし、その後、航空戦力が戦争の主体となり、戦場に限らず、背後の国民に対して大打撃を与える決戦兵器が開発され、決戦戦争の時代になる予測している。決戦兵器の開発、それを支える産業の発達、そして、国民の犠牲に耐える戦争継続への意志がポイントとなるという。そして、その戦争が「世界最終戦」となり、その以降は戦争が実行できない平和の時代が訪れると主張している。
もちろん、石原莞爾は、アメリカを中心とした勢力と、東亜を中心とした勢力の間の世界最終戦の結果、天皇を中心とした八紘一宇の世界平和を構想しているが、それが必ず実現するとは断言していない。
実際の歴史は、一般の国民への爆撃、核兵器の使用は日本に対して行われた。そして、ICBMを持った東西冷戦となり、世界最終戦は決戦戦争として実行されなかったが、石原莞爾の予測はほぼ当たっていると思う。
実際の歴史では、決戦兵器としての核兵器は使用されることなく、冷戦後にさらに持久戦争の時代が戻ってきた。
また、石原莞爾は実際的な人で、東亜は強調してアメリカに対抗すべしと言いながらも、日本が東亜において蛇蝎の如く嫌われているのが現実だと指摘している。また、自由経済より統制経済の方が効率的だと考えながらも、「発明」は自由がなければ行われないという、シューペンターのイノベーション論のようなことも指摘している。統制は専制と異なり、自由や創意を残しつつ、必要な統制をするものだといっている。現代において企業内でイノベーションを実現しようとする経営学の議論は、ほぼ石原のいう「統制」と同じことを考えていると思う。
私は、価値観、主義の部分については石原莞爾とは同じくするものではないけれど、その分析の部分は十分に理解できる。彼が一定の支持を得たことも理解できる。原著に当たってみることは常に重要なことだと思う。

最終戦争論 (中公文庫BIBLIO20世紀)

最終戦争論 (中公文庫BIBLIO20世紀)