英語圏市場と日本語圏市場

普段、テレビドラマはほとんど見ないのだが、NHK-BSで再放送していた"Sherlock Series 1"(http://www.bbc.co.uk/programmes/b018ttws)を見だしたら、おもしろくて途中でやめられなくなった。
"Sherlock"は、シャーロック・ホームズの設定を現代に移したオリジナル・ストーリーである。興味はあったし、うまく作ればおもしろくなるかもしれないとも思ったが、駄作になってしまう不安感もあって最初の放映時には見なかった。
しかし、実によくできていた。役者もいいし、映像もスタイリッシュで凝っている。脚本に詰め込まれたアイデアの密度が非常に高くて、ちょっと目を離すと話に追いつけなくなるぐらいで、緊張感が高かった。
以前、四人囃子のベーシストで音楽プロデューサーである佐久間正英ウェブログに音楽制作の予算が削減されて品質が保てなくなっていることを書いており、それについて、感想を書いたことがあった(「リスナーにとってはいい時代になったと思う」(id:yagian:20120624:1340492325))。
たしかに、予算が潤沢だからいい作品ができるとは限らないし、低予算でおもしろい作品ができることもある。しかし、お金をかけないとできないことも多いだろうなと思う。"Sherlock"のおもしろさは、いろいろな意味で潤沢な予算があったから実現できたことだと思う。
日本のテレビドラマをあまり見ない私がこんなことを書く資格はないかもけれど、最近、"Sherlock"ぐらいによくできたおもしろいドラマはあるのだろうか、と疑問に思う。おそらく予算の規模は格段に違っているのだろうと思う(もし、知っている人がいれば教えて欲しい)。
小津安二郎黒澤明などの日本映画の黄金期の名作を見ていると、手間ひまかけて作られていると感じる。
黒澤明の映画を見ていると、エキストラの数が非常に多い。これは、セリフもないエキストラだけをやっている大部屋俳優を映画会社が抱えている制度に支えられていたのだろう。現在は、大部屋俳優を養うことなどできる映画会社はないから、「プロ」のエキストラをあれだけ集めることはできない。
小津安二郎の映画を見ていると、脚本の練り込み方に感心する。おそらく、いまでは考えられないぐらいじっくり時間をかけて完成度を高めていたと思う。小津映画を見た後、ふつうのテレビドラマを見ると実に薄っぺらに感じられてしまう。
佐久間正英は音楽制作の予算の少なさを嘆いているけれど、特に、日本のテレビドラマは予算が限られているのだろうと思う。低予算を逆手に取っておもしろいドラマを作る「工夫」はありえると思う。韓国ドラマも必ずしも予算が潤沢だとは思えないが、ひと昔前の「大映テレビ」制作ドラマのようなB級のおもしろさがある。しかし、"Sherlock"のような予算と手間をかけた「本格的」なおもしろさはないと思う。
もちろん、イギリスのテレビドラマ一般が予算が潤沢でおもしろい、という訳ではないと思う。そもそも、日本で放送されるような海外ドラマは、その国の中でも特におもしろいものだろうから、イギリスにもつまらないドラマは腐るほど放送されているのだろう。しかし、日本で海外に広く輸出できる品質のドラマが作られているとも思えない。
"Sherlock"は明らかに輸出を目指して予算をかけて作られている。日本のドラマが結果として輸出されることはあるけれども、日本のテレビドラマでこのように輸出による収益を見込んでいるものはないだろう。そうなると、英語圏と日本語圏の市場の大きさが予算の大きさを規定していて、予算の潤沢さはそこで決まってしまう、ということになるのだろう。
冒頭に触れた佐久間正英の音楽制作での予算の問題も、日本語圏の市場を対象とした音楽制作をしているかぎり、解決しないだろうと思う。