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憲法改正は必要か?

昨日は憲法記念日だったので、mass mediaやinternet上で憲法改正に関する記事をいくつか目にした。一日遅れになってしまったが、感想を書いてみたい。
私は「教条的」な護憲論者でもないし、かといって積極的な憲法改正論者でもない。憲法の改正が必要なら改正すればいいし、不要ならば改正しなければいいいと単純に考えている。
憲法改正論者が憲法改正を主張する気持ちはわからないでもない。日本国憲法を読むと、いかにもAmericanな価値観が表現されていると感じるところもあるし、日本語としてこなれていないと思うところもある。
例えば、日本国憲法の前文にこのような一節がある。

われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

確かに日本語として悪文である。読点が多すぎる。主語の「われらは」とそれを受ける動詞の「信ずる」が離れすぎていてわかりにくい。前文のなかにくりかえし「われら」という代名詞が使われているが、省略したほうがこなれた印象を与える。明らかに英語の"we"の直訳なのだろう。
「政治道徳の法則」という言葉はいかにも生硬である。さらに、「政治道徳の法則は、普遍的なものであり」といわれても「ほんとうかな」と疑問を感じる。もし書きなおす機会があるならこんな風に手を入れてみたい。

あらゆる国家は他国の主権を尊重し対等な関係を築きあげることで、自国の主権を維持することができる。

確かに日本国憲法には気持ち悪いところが多々あるが、改正の必要があるとまでは思わない。上記のように、「書きなおす機会」があれば前文は書き直したい。しかし、内容が悪いとは思わないので、そのままでも致命的ということはない。
九条が気持ち悪いと思う人がいるのは理解できる。しかし、現実には事実上の「軍隊」である自衛隊が合法的に存在し、国民からも支持を受けているし、PKO活動にも参加している。憲法改正論者に聞いてみたいのは、九条を改正して何が変わるのだろうか。他国の軍隊と比較して制約されていることは、海外で戦闘活動を行うことぐらいだと思うが、日本国民でそれを望んでいる人はごく少数だと思う。
また、八十九条には次のようにある。

公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。

これを素直に読めば、公的な私学助成はできないということになる。しかし、実際には解釈、運用で私学助成は実施されているし、この条文に基づき私学助成を禁じる判例がある訳でもない。
たしかにこのような条文がありつつ私学助成を行なっているという状態は気持ち悪い。しかし、改正したからといって何も変わらないだろう。
一方、個人的に憲法改正が必要と思うのは参議院に関する規定である。「参議院改革案」(id:yagian:20080317:1205715746)で書いたように、現在の二院制はうまく機能していないと考えている。参議院の基本的なあり様は憲法に規定されているから、この改革は憲法を改正するしかない。とはいえ、参議院が自らの権限を大幅に制限するような憲法改正に賛成する望みは薄いから、現実のものになるとは思えないけれど。
自由民主党は、まずは憲法改正手続きに関わる九十六条の改正を提案しようとしている。これ自体は現実的な提案であるし、検討に値すると思う。しかし、自由民主党憲法改正草案(http://goo.gl/vIxUm)を読むと、あまりの内容なので、九十六条の問題にも反対しようかなと思ってしまう(ぜひご一読することをおすすめする)。
まじめな話、この「憲法改正草案」は、憲法改正に対して悪影響を及ぼしていると思う。憲法改正を実現するために支持を得ることが必要な私のような中間派を、むしろ護憲側に追いやっている。結局、「憲法改正草案」は、自由民主党の中で憲法を改正したいひとたちの主義主張を盛り込んだだけで、実効性について考えが及んでいるとは思えない。率直に言って「言葉の遊び」の域を超えていないように思う。