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芥川龍之介と菊池寛と私

雑感 読書

最近、ちょっとしたすきま時間に、青空文庫芥川龍之介の作品をiPhoneで読んでいる。短編小説も随筆も短いので、地下鉄に乗って降りるまでの時間でひとつの作品が読めてしまうのでちょうどいい。
芥川の作品が手放しで好きだ、という訳ではないけれど、彼自身に対して勝手に親近感を感じている。彼が東京育ちで、実家のある駒込の隣駅の田端に暮らしており、江戸っ子ではない、東京の人という雰囲気を持っていることもある。芥川と自分を比較するのも恐れ多いけれど、あえて言うならば、自分も彼のような線が細くて才気があるという系統だと思う。
若いころの才気走った短編群から晩年の「歯車」まで読み進めると、彼が自殺につながる迷路に嵌り込んでしまった感覚がよく分かるだけに、「どうにかならなかったのか」という残念な気持ちと、「どうにもならなかったのだろう」という諦めの気持ちが入り混じってしまう。
青空文庫に芥川の「「菊池寛全集」の序」という文章があった。これを読み、そういえば、菊池寛は芥川の盟友だったと思いだし、ずいぶん久しぶりに彼の作品を読んでみようかと思った。
恩讐の彼方に」は、おそらく高校生の時に読んだことがあったと思う。当時は、いわゆる「文学」を好んでいないこともあって、ずいぶん説教臭い小説だと思ったような記憶がうっすらとある。今回読んで、小説としては必ずしも気に入った訳ではないけれど、菊池寛が伝えようと思った主題については、図らずも感動してしまった。
この小説を乱暴に要約すると、前非を悔いて出家した了海という僧が、難路に苦労している村人のために、岩山に独力でトンネルをくり抜こうとする話である。了海は一人で岩山にノミをふるう。村人はトンネルが実現することを誰一人信じず、彼を嘲笑する。しかし、一年経って了海がそれなりの長さのトンネルを掘っていることに気がつくと、村人たちはもしかしたら実現するかもしれないと思い直して石工を雇い了海に助力する。しかし、しばらくすると掘削の進展の遅さに諦め、石工を解雇してしまう。しかし、了海はまったく気にせず、ひたすらにノミをふるい続ける。するとまた村人は石工を雇い、また解雇し、ということを繰り返すが、了海はただ掘り続ける。村人はトンネルが半分ほどできあがっていることに気がつき、今度は本気で助力する。
この了海のエピソードを読んでいると、夏目漱石芥川龍之介久米正雄に送った手紙の一節を思い出した。

勉強をしますか。何か書きますか。君方は新時代の作家になる積でせう。僕も其積であなた方の將來を見てゐます。どうぞ偉くなつて下さい。然し無暗にあせつては不可ません。たゞ牛のやうに圖々しく進んで行くのが大事です。

芥川龍之介は「牛のやうに圖々しく進んで行く」こと、了海のようにひたすらにノミをふるい続けることができなかった。
菊池寛芥川龍之介の死後、「芥川の事ども」のなかで次のように書いている。

 皮肉で聡明ではあったが、実生活にはモラリストであり、親切であった。彼が、もっと悪人であってくれたら、あんな下らないことにこだわらないで、はればれと生きていっただろうと思う。

…あまりに、都会人らしい品のよい辛抱をつづけすぎたと思う。

芥川が菊池寛ような人間でなったからこそ、彼にしか書けなかった小説を残した。しかし、それゆえに、芥川は夏目漱石が期待するほどには、おそらくは「偉く」なることができなかった。漱石が小説を本格的に書きだしたのは四十歳代になってからだが、芥川はあまりに若くから小説を書き始めてしまったのかもしれない。
私自身の人生には大した波瀾もないけれど、それでも、自分のやっていることは変わらないけれど周囲の評価が変わる、というようなことはある。ただただノミをふるい続けること、「牛のやうに圖々しく進んで行く」ことの重要さもちょっとはわかる。漱石がその手紙を書いた時、漱石はそのことを実感として深く理解していたけれど、聡明な芥川は理解はしたけれど深くは体得できなかったのだろうと想像する。
芥川の才気が彼にあのような小説を書かせ、その才気が彼を彼の可能性とともに殺してしまった。人生とは難しいとつくづく思う。

歯車―他二篇 (岩波文庫 緑 70-6)

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恩讐の彼方に・忠直卿行状記 他八篇 (岩波文庫)

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漱石書簡集 (岩波文庫)

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