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経営学と社会科学

最近、入山章栄「世界の経営学者はいま何を考えているのか」と三谷宏治「経営戦略全史」という本を読んだ。
前者はAmericaのAcademiaで活動している経営学者が現代の英語圏経営学会で取り上げられている研究課題の見取り図を示したものであり、後者はconsultant出身の著者がstrategic consultantingの歴史をまとめたものである。
それぞれ興味深い本だったが、今日は、前者の「世界の経営学者はいま何を考えているのか」について感想を書こうと思う。
私自身は経営学はまったくの門外漢で、business schoolに行ったこともない。あるとき、経営学とはどのような学問なのか知りたいと思い、この分野で古典と呼ばれるような本を何冊か読んだことがある。その時の経営学の印象は、優良/失敗事例集とそこから帰納した金言集と大雑把なframework、というものだった。そのなかで、Micheal Porterだけは経済学に立脚した理論的な裏付けがある体系を提示していると思った。
事例集や金言集が悪いという訳ではまったくない。経営学がconsultingを通じて実際の企業経営に役立つ知識の提供を目指しているのであれば、実務に役立たない演繹的な理論よりも実際に効果がある金言の方が価値があるだろう。Micheal Porterの理論が洗練されていたとしても、実学を指向する立場からはそれだけで価値があるとは言えない。
入山氏によると、現在の英語圏経営学会では経営学の社会科学化が指向されいるという。このため、演繹的な仮説構築と統計的な実証研究が主流となっている。その世界にいる入山氏が「正直なところ、日本のドラッカー・ブームは私にとって驚き以外のなにものでもありません。」と書くのは実によく分かる。Peter Druckerは金言集の作者以外の何物でもなく、社会科学的ではない。「MBAで誰もが学ぶポーター教授の「ファイブ・フォース」といった分析ツールは、ミクロ経済学の基礎を勉強した方なら簡単に理解できるものです。」とも書いているが、経営学の古典を読んだ時にいちばん理解しやすかったのはMichael Porterだった。
Micheal Porterの競争戦略の考え方を乱暴にまとめると「好業績を維持するには売り手有利かつ新規参入が困難な市場で戦え」ということだと思う。いわゆる"five force"とは、そのような市場が成立する主要な条件をまとめたものである。経済学の観点からは、Micheal Porterのような発想に至るのは極めて自然である。
経済学では「完全市場」(多数の売り手買い手が存在し、彼らはすべての商品の性質と価格に関する情報を持っている市場)という仮説を基礎に置き、実際の市場はどのように「完全」ではないかのか(これを「市場の失敗」と呼ぶ)を明らかにする、という発想をする。
もし、完全市場が成立していれば売り手は商品を提供するために必要なresourceを必要なときに市場から調達するのが最も効率的だから、「企業」という組織維持に費用がかかる非効率なものが存在する必然性がない、ということになる。Ronald Coaseは「企業」が存在するのは、実際の市場は情報を収集したり契約したりするための費用が必要(「取引費用」という)であり、それを節約するためにすべてを市場から調達するよりは「企業」という組織を形成したほうがよい場合があるということを示した。つまり、「企業」の存在意義は、「市場の失敗」にあるということになる。
完全市場が成立していれば、長期的には市場価格は売り手の利潤はゼロになる水準に決まる。経済学者はその状態が社会全体から見ればもっともresourceが効率的に活用されていると考える。市場が独占ないし寡占されて売り手が限定されたり、商品の性質や価格の情報の流通が不完全な場合に、売り手に利潤が発生し、resourceの活用が非効率的になる「市場の失敗」が発生する。
Micheal Porterは、利潤を求める企業の立場から見る経営学者として、社会全体から市場を見る経済学者の見方を逆転させた。つまり、企業が利潤を得たいならば「市場の失敗」を探し、それを維持すれば良い。"five force"とは市場が失敗する条件、つまり「完全市場」の条件の反対である。
このような観点から見れば、 Renne MauborgneとChan Kimの「ブルーオーシャン戦略」も「失敗している市場を創造せよ」ということを示唆しているのだと思う。
「世界の経営学者はいま何を考えているのか」に、近年の経営学の研究では、「ハイパー・コンペティション」の環境下で、Micheal Porterの競争戦略の有効性が失われてきたという実証結果が示されている、と書かれていたが、経済学の観点から考えればこれは極めて当然のことである。市場の失敗は、主として売り手の独占、寡占と情報の不完全性によって引き起こされる。最近のIT技術の急速な進展によって情報の不完全性が低下しているため、情報の側面から「市場の失敗」を維持することが難しくなってきている。
「世界の経営学者はいま何を考えているのか」に紹介されている経営学の研究は、主として企業の業績と戦略の関係を統計分析することに焦点があてられている。Micheal Porterのそもそものideaを踏まえれば、市場の完全性(不完全性)と企業の業績の関係、また市場の完全性の推移を研究したほうがよいようにも思う。しかし、そうなると経営学ではなくて経済学の領域になってしまうのかもしれない。
仮にMicheal Porterの示す戦略がそのまま適用できなくなっているとしても、彼の基本的なideaの有効性は失われていない。彼の著書を読む価値は高いと思う。

世界の経営学者はいま何を考えているのか――知られざるビジネスの知のフロンティア

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