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こいつらは「本読み」の味方ではない

「対アマゾン、電子書籍で連携 書店や楽天など13社、めざせ「ジャパゾン」」(http://goo.gl/b2KkGK)という記事を読み、心の底からあきれ果てた。

書店の店頭に電子書籍の作品カードを並べ、店頭で決済。購入した人は、その作品カードに書いてある番号をもとに電子書籍をダウンロードする仕組みだ。

アホか。
Internet導入後「本読み」にとって利便性の高い読書環境が整備されてきた。すべてがAmazonだけの手柄ではないが、Amazonの貢献度はきわめて高い。「ジャパゾン」に集っている出版社、書店は「本読み」の利便性を高めようとするserviceに抵抗はしてきたけれど、Amazonを追い抜くような取り組みはまったくしていない。Amazonの一人勝ちの状態が健全だとは思わないけれど、少なくとも日本における対抗馬がマヌケ過ぎて、その他のserviceを使う気にはまったくならない。
Internetが本格的に導入される前の読書環境がいかに不便だったか思い出してみよう。
紙の書籍で不便だったのは、すぐに品切れ、絶版になってしまうことと、重くて保管場所に困ることだった。これは「本読み」であれば誰もが困っていたことだと思う。もう一つ付け加えれば、本を注文してから入手できるまで時間がかかりすぎていた。
Amazonによるserviceと、古書店の在庫と図書館の所蔵がInternetで検索できるようになって、これらの問題の大部分が解決された。実にすばらしいことだと思う。
極めてitem数が多い書籍という商品を流通させることの困難さは理解できる。書店という装置では、結局、新刊本とごく一部の限られたlong sellerしか取り扱うことができない。Internet以前の時代に、ちょっと趣味的な本を探そうとすると非常に苦労をした。
今では書店の在庫を自宅であからじめ調べることができるが、それ以前は、とにかく店舗に行ってみるしかなかった。趣味的な本を探そうと思うと、やはり大書店に行くことになる。書店によって品揃えの特徴が違っていたから、探している本の系統によって使い分けていた。理工系だと八重洲ブックセンターが充実していた。しかし、八重洲ブックセンターだと周辺に他の大書店がないから、店にその本が見つからないと選択肢がなくなってしまう。神保町であれば、三省堂に行き、書泉を調べ、東京堂を見てみることができる。
しかし、結局は在庫がなくて注文することになることも多い。一週間ほどしてまた書店に引き取りに行かなければならなくなる。注文できればまだよいが、出版社の段階で品切れ、絶版になっていることも多い。
そうなると、図書館か古書店で探すことになる。しかし、区立の図書館は、回転率の高い本を優先していて、書店で手に入らない本を提供するという意識に乏しいように思う。全集はそれなりに集めているけれど、貸出が少ない本は置いていないことも多い。今では図書館の所蔵本の検索、予約もInternetでできるけれど、当時はまずは図書館に足を運ばなければならなかった。さすがにカードをめくるという経験はあまりなかったけれど。
古書店で宝探しをするのはとても楽しい。しかし、Internet以前に、古書店で目的の本を探すのは難易度が高かった。神保町の古書店のguide bookがあり、それぞれのお店の得意の領域が紹介されている。それを見ていくつかのお店にあたりをつけてめぐることになるのだけれども、探している本以外の本はあれこれ買ってしまうが、目的の本は見つからないことが普通だった。
この時代は、私はまだ洋書を読むということを始めていなかったけれど、日本で洋書を入手するのは不便だったと思う。丸善やイエナ書店のような洋書の品揃えが当時としては「充実」している書店があり、結局はそこを通じて海外に注文していたのだろう。注文してから手に入るまでにはかなりの時間がかかったはずだ。
このような「本読み」にとっての不便さを出版社や書店が解消しようと努力した形跡はほとんどない。
この時代に比べると現代は実に快適である。Jeff Bezosは目のつけどころが実に良いと思う。彼も本の入手に苦労した「本読み」の一員だったのだろう。
今では本を探そうと思うとまずはAmazonを検索する。どんな大書店でもAmazonに在庫の量で対抗することはできない。品切れ、絶版でなければ、送料無料で2日程度で手元に届く。本は単純に重いので、「本読み」であれば誰でも、書店で思わず大量の本を買ってしまって家に持ち帰るのに苦労した経験があるはずだ。特に、品切れ、絶版になる前に買っておかないと、と思うと、すぐは読まない本まで買ってしまうことになる。家でもofficeでも、すばやく配送してくれる宅配便にはほんとうに感謝している。
しかも、品切れ、絶版の本でも、古書店からの出品listが表示される。今までは決して買いに行くことができなかった地方の古書店が多く出品しているように思う。本の状態もきちんと書いてあるし、いままでInternet通販で古書を買っていやな思いをしたことはない。
さらに、国会図書館、都立図書館、区立図書館の所蔵本もInternetで検索することができる。ある作家の本を系統的に読もうと思うと、全集にあたりたくなる。よほど好きな作家であれば古書店で全集を買っても良いのだが、家で置き場所に困るから図書館はありがたい存在である。これで、全国の図書館から宅配便で借りられるようになれば(多少の経費は負担しても)ありがたいのだが。
電子書籍がいちばんありがたいと思うのは、品切れ、絶版の恐怖から解放されたことだ。上にも書いたが、紙の本だと、いま買わないとなくなってしまう、という恐怖感から本を買い込み、家に本が積み上がってしまう。しかし、電子書籍であれば読みたい瞬間に買えばよく、無駄がない。もちろん、家の中に散乱する本から解放されるという効果も大きいだろう。
私の場合は、Amazon.co.jpに在庫がない洋書を買うときに、電子書籍がありがたいと感じる。日本語の紙の本を買うよりも素早く洋書が手元に届くようになったのである。銀座のイエナ書店は好きな本屋だったけれど、これほど利便性が違えば潰れてしまうのもやむを得ない。
そして、私は東京に住んでいるので、本を探すこともできたけれど、地方に住んでいればそのようなことすらもできなかった。地方在住の「本読み」にとってAmazonの恩恵はとても大きい。
このように読書の利便性が圧倒的に高くなり、私自身の読書の幅は広がり、深くなったと実感している。「本読み」の側から見れば、今の読書環境はすばらしいし、Amazonは書籍の文化の振興にきわめて大きな貢献をしている。
私自身は、紙の本も好きだし、書店、古書店で宝探しをするのも好きである。しかし、特定の本を探して入手する、本の内容を効率的に読む、という観点では現在は圧倒的に優れている。
もう一度繰り返して書くが、いまだに電子書籍を書店で売ろうというマヌケな「ジャパゾン」に参加しているような出版社、書店は、「本読み」の立場にまったく立っていないし、それで成功するはずもない。