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佐幕派の靖国嫌い

私は靖国神社が嫌いだ、佐幕派だから。
靖国神社のwebsiteに次のように書かれている(http://www.yasukuni.or.jp/history/detail.html)。

靖国神社の起源は明治2年(1869)6月29日に建てられた東京招魂社に遡ります…

…国内に避けることのできない不幸な戦い(戊辰戦争)を生み、近代国家建設のために尽力した多くの同士の尊い命が失われる結果となりました。そこで明治天皇は明治2年6月、国家のために一命を捧げられたこれらの人々の名を後世に伝え、その御霊を慰めるために、東京九段のこの地に「招魂社」を創建したのです…

靖国神社には、戊辰戦争やその後に起こった佐賀の乱西南戦争といった国内の戦いで、近代日本の出発点となった明治維新の大事業遂行のために命を落とされた方々をはじめ、明治維新のさきがけとなって斃れた坂本龍馬吉田松陰高杉晋作橋本左内といった歴史的に著名な幕末の志士達、さらには日清戦争日露戦争第一次世界大戦満洲事変・支那事変大東亜戦争第二次世界大戦)などの対外事変や戦争に際して国家防衛のために亡くなられた方々の神霊が祀られており…

つまり、戊辰戦争での「官軍」の犠牲者を祀ることが靖国神社の起源である。
佐幕派としては、会津戦争会津方も「近代国家建設」のための犠牲者だと思うが、靖国神社には祀られていない。また、維新の最大の功労者である西郷隆盛西南戦争で「賊軍」となったため、やはり靖国神社には祀られていない。
靖国神社のwebsiteには「不幸な戦い(戊辰戦争)」と書いているが、きわめて偽善的である。いったい誰にとって「不幸」だと言いたいのだろうか。靖国神社にとっては「官軍」の犠牲者が「不幸」であり、「賊軍」の「不幸」は視野に入っていないに違いない。
また、「賊軍」の立場から見れば「国家のために一命を捧げられたこれらの人々」という言葉も気に障る。はっきり「官軍」と書けばよかろう、「官軍」と。
しかし、このような「官軍」のみを祀り「賊軍」を排除する靖国神社の精神は「日本の伝統」に反しているように思う。
出雲大社天津神に征服された国津神である大国主命を手厚くお祀りしている。このように、敗者を神としてお祀りすることこそが日本の伝統ではないだろうか。代表的な例は菅原道真であり、私が住む江戸の守り神は平将門をお祀りした神田明神である。
もちろん、敗者をお祀りする第一の目的はその恨み、祟りを鎮めることである。しかし、「官軍」と「賊軍」を善悪で二分することなく、敗者の心情を理解しようとし、尊敬する気持ちがある。私は、こういう「日本の伝統」は好きである。
靖国神社は「官軍」とその後継者である「皇軍」への忠誠心を高めるために作られた。しかし、「私は靖国神社が嫌いだ、佐幕派だから。」と書いたように、「賊軍」たる「佐幕派」から見れば、「官軍」のみを祀る靖国神社に対して忠誠心を持ちようがない。
近代日本を統合する象徴となりうる人がいるとするならば、それは西郷隆盛だと思う。単に維新の功労者だということだけではなく、悲劇的な最期ゆえに明治維新の敗者「佐幕派」「賊軍」も彼に対しては共感することができる。
私はお参りをしたことがないが、鹿児島には西郷隆盛をお祀りする「南州神社」がある。しかし、「近代国家日本」における「南州神社」は無格社という格付けのようだ。もっとも、西郷隆盛をお祀りしてきた人たちから見れば、「賊軍」扱いをし続けてきた「官軍=近代国家日本」とはもはや関わりを持ちたくないかもしれない。
「賊軍」たる佐幕派から見れば、「官軍」を名乗った長州の総理大臣が「二度と再び戦争の惨禍によって人々が苦しむことのない時代をつくるとの誓い、決意をお伝えするため」(http://goo.gl/3R035V)に靖国神社に参詣するとは、とてもではないが信じられない。