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道徳的な福祉:ObamaCare反対論への誤解

Americaには、根強いObamaCare反対論がある。この反対論は、きわめてAmerica的な現象であるため、反対論の根拠について誤解があるように思う。
日本におけるObamaCare反対論者のstereotypeは、創造説を信奉している頑迷なTea Party Movementの支持者か、Wall Streetの富豪が、自分たちが稼いだ金が移民などの貧困層に使われることに反対している、というimageだと思う。しかし、これは実像からはかけ離れている。
ObamaCare反対論者も、基本的には、貧困が理由で十分な医療を受けられない人がいるという状況を好ましく思っていないのは間違いない。自分の金が貧困層に移転されることに絶対反対という人もいるかもしれないが、それはごく少数だと思う。
Tea Party Movementに参加している保守的なAmericanは、週末教会に行った時には少額かもしれないけれど欠かさず寄付をしている人が大部分だろうし、地域のvolunteer活動にも熱心な人が多いだろう。また、Warren Buffett (ウォーレン・バフェット)やBill Gates (ビル・ゲイツ)に代表されるように、大富豪の慈善活動も盛んである。
ObamaCare反対論者は、貧困層に手を差し伸べることに反対しているのではなく、連邦政府国民皆保険を義務付けるという方法に反対しているのである。
ObamaCare反対論者に話を聞くと、貧困層にも医療を普及させようという目的には反対ではないが、連邦政府がそれに取り組むと必ず失敗する、教会を中心としたcommunityを通じた相互扶助や慈善活動によって対応すべき、と答えると思う。
Americaの外から見れば、海外には中央政府が関与した国民皆保険制度はいくらでもあるし、communityや慈善活動で問題が解決しないから連邦政府が取り組む必要があるように見えるはずだ(私もそう見えている)。
しかし、Alexis de Tocqueville "American Democracy" (アレクシス・トクヴィル「アメリカン・デモクラシー」)に詳しく描かれているが、Americaには伝統的な政府不信(特に、連邦政府)がある。この不信ゆえに、ObamaCare反対論者は、国民皆保険のような大きな問題に連邦政府が取り組むことに反対しているのである。ObamaCareの申請システムの不具合の問題は、ObamaCare反対論者から見ると、連邦政府が問題をうまく解決できないという彼らの信念を補強する材料になったのだと思う。
連邦政府への不信、という考えは、必ずしも保守派だけのものではない。Michael Sandel "Public Philosophy" (マイケル・サンデル「公共哲学」)に、Robert Kennedy (ロバート・ケネディ)の福祉問題に関する次のような言葉を紹介している。

 ケネディとリベラル主流派の意見の相違が最も明白だったのは、福祉の問題についてだった。ケネディ福祉を批判した根拠は、貧困層への連邦政府支出に反対していた保守派とは異なり、それが市民的能力を損なうというところにあった。福祉は「数百万という国民を依存と貧困の奴隷にしてしまう。小切手を切ってくれる同胞市民の厚意にすがることになるからだ。同胞意識、コミュニティ、共有された愛国心―アメリカ文化のこうした本質的価値観は、一緒に商品を購入したり消費したりするだけでは生まれない。それは、個人の独立と個々の努力に関する共有された意識から生まれるのだ」。貧困の解決策は政府が支払う保証所得ではなく、「適正な賃金でのきちんとした雇用であり、コミュニティ、家族、国、また何より重要なのは自分自身に対し、こう言えるようにする雇用である。『私はこの国の建設に貢献している。私は偉大な公の事業に加わっている』と」。保証された所得は、どんなに高額であろうと「自足の意識、コミュニティの生活に参加しているという意識をいっさい与えないが、民主主義国家の市民にとってはそれが不可欠である」

私自身は、Michael SandelやRober Kennedyに必ずしも賛成ではないが、福祉に対するこのような考え方がありうる、ということは知っておく価値があると思う。

アメリカのデモクラシー (第1巻上) (岩波文庫)

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公共哲学 政治における道徳を考える (ちくま学芸文庫)

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