佐幕派の「維新レジームからの脱却」論

呉智英のデビュー作に「封建主義者かく語りき」という本がある。戦後民主主義を「封建主義」(主として論語)の立場から批判したものである。
もちろん呉智英は半分冗談なのだけれども、半分は本気である。その気持はよく分かる。日本の戦後民主主義は確かに胡散臭い。しかし、戦後民主主義を批判する「ウヨク」の人たちはもっと胡散臭いのでその尻馬に乗る気持ちにはさらさらなれない。そうであれば、どうせ復古的に批判するなら中途半端に復古ではなく、「封建主義」の立場から批判してしまえ。
今日のentryのtitle「佐幕派の「維新レジームからの脱却」」は、安倍晋三の「戦後レジームからの脱却」のparodyである。「戦後レジーム」(「戦後」という漢字と「レジーム」というカタカナ語の並びが悪くて気持ち悪い言葉ではある)から脱却したい、という気持ちはわからないでもない。第二次世界大戦から60年も経とうとしているのに、なぜまだ敗戦国扱いなのか、という疑問は理解できる。しかし、「戦後レジーム」脱却論者が、どこに脱却しようとしてるのかがよく見えない。自民党改憲案や安倍晋三靖国参拝を見ている限り、全面的ではないにせよ「戦前レジーム」への回帰を含むように思えるし、回帰ではない部分はどうしようとしているのかよく見えず胡散臭い。
それならば、呉智英に習って、どうせ復古ならば江戸時代に帰ってしまえ、という主張をしてみれば、「戦後レジーム脱却論」と「戦前レジーム」の胡散臭さが際立つのではないかと思うのである。
「戦前レジーム回帰論」では、「戦後レジーム」(=東京裁判史観)は第二次世界大戦の勝者の観点から一方的に裁いたものだという。確かにその通りだと思う。しかし、「戦前レジーム」は、日本人の観点から見ても許せないことが多いから、それを踏まえた上で「新しいレジーム」を作り上げようという提案ならば理解できるけれど、単なる「戦前レジーム回帰」はありえないと思う。
「戦前レジーム」で許せないと思うのは次の二点である。日中戦争から太平洋戦争までの日本の指導層の一貫した無責任さと日本軍の指導層に日本国民を守る意志がまったくなかったことである。
対米戦争に勝算がないことは日本の指導層に広く共有されており、戦争を終結させる目処もないまま開戦するということは無責任きわまりない。開戦の直接の契機となった日米交渉ではAmericaは日本軍の中国大陸からの撤兵を要求し、それに対して日本はその要求を受け入れられなかった。しかし、日本軍の中国進出は、大きな戦略があって進められたものではなく、中国出先の部隊が独断で行った作戦の結果を追認していった結果に過ぎない。
沖縄戦では日本軍は沖縄の民間人を守る意志はなかったし、満州でも関東軍は開拓民を積極的に見捨て、悲劇を拡大した。「ポツダム宣言」の受諾で最後まで問題となったのは、国体、すなわち、天皇制の護持であって、日本の国民のことではない。日本軍に徴兵された一般の兵卒は気の毒だと思うが、日本軍の指導層にはまったく同情する気にならないし、沖縄や満州での犠牲者の方がはるかに気の毒である。そう考えると、靖国神社参拝が「戦後レジーム脱却」の出発点になるはずがない、と強く思う。
さて、ここからが「維新レジーム脱却論」である。
なぜ、「戦前レジーム」はそのようなものになってしまったのだろうか。私は、明治維新にその根源があり、結局、「戦前レジーム」=「維新レジーム」であり、そこから脱却する必要があるのだと考えている。
司馬遼太郎日露戦争の時期までの明治の日本人は「坂の上の雲」を目指していたが、それから後おかしくなってしまったと考えていたようだ。しかし、明治の同時代人である夏目漱石は「「現代日本の開化は皮相上滑りの開化」と観察していた。
明治維新の過程を見直すと「戦前レジーム」と同じ天皇の権威の活用に基づく無責任体制はすでに始まっている。幕末、徳川幕府は西洋諸国の進出に対処すべく日米交渉をしていた。幕府による交渉や国力充実の取り組みが十分だったとは思わない。しかし、倒幕派は自らの勢力が国内政治のなかで有利になることを目的とし、天皇の権威を借りて攘夷の実行を幕府に迫り、幕府を苦境に追い込んでいった。倒幕派には国際関係への配慮などはなかった。日米交渉を行う政府に対し、国内政治のみの狭い観点から無責任に強硬論を押し付けるという構図は太平洋戦争前と同じである。明治維新の時はたまたま日本が植民地化されることはなかったが、その危険性は十分あった。
佐幕派靖国嫌い」(id:yagian:20140103:1388703015)に詳しく書いたが、日本軍が、日本国民を見捨てる天皇の軍隊となった出発点は、倒幕派が自らの軍勢を「官軍」として権威づけたところにある。太平洋戦争で日本国民が見捨てられた原型は、維新の最大の功労者である西郷隆盛が見捨てられたことにある。
佐幕派の「維新レジームからの脱却」論としては、まずは天皇の京都還御、江戸城再建、徳川将軍を復活を提言したい。むろん、半分は冗談だけれども、半分は本気である。特に、天皇の京都還御は現実的に実行したほうがよいと思っている。
考えてみれば「王政復古」は「武家レジームからの脱却」を目指し、平安時代を夢見ていた。江戸時代への復古は生ぬるいから「律令制、大化改新レジームからの脱却」を目指し、蘇我氏の復活を目指そうかしら。

封建主義者かく語りき (双葉文庫)

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