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Inca、Aztecの皇帝と日本の天皇

雑感 読書

増田義郎「物語ラテン・アメリカの歴史 未完の大陸」を読んだ。
増田先生は「あとがき」で「ラテン・アメリカは、おそらく音楽を通じてもっともよく日本にその名を知られているだろう。しかし、それ以外の面では、ほとんど未紹介と言っていい。」と書いている。私も日本人の中ではLatin Americaに関心がある方だとは思うが、SpanishによるIncaやAztecの征服の歴史については何冊かの本を読んだことがあるけれど、それ以降の近代、現代に至る歴史についてはまったく無知だった。
今、私は16世紀から19世紀に至るGlobalizationの歴史を追いかけて、読書を進めている。Europe諸国がGlobalizationを主導するようになる上で、新大陸航路の発見とそれに続く植民地化が最大の要因である。その意味で、IncaとAztecの征服後のLatin Americaの歴史を知ることは不可欠である。北米でのthe United States of Americaの独立について理解するためにも、単にUnited Kingdomと植民地の関係だけではなく、Europe諸国とLatin Americaとの関係も理解する必要があることを痛感している。
やや話が変わるが、私はJared Diamond「銃・病原菌・鉄」は少々過大評価されているのではないかと思っている。SpanishによるIncaやAztecの征服があまりに劇的であったため、 the American continentの全土が少ない軍隊で一瞬にして征服されたかのような印象があるが、実際はそうではない。
「物語ラテン・アメリカの歴史」から引用しよう。

 当時(引用者駐:1540年頃)チリの中部には、アラウコ族が住んでいた。彼らは小規模な農耕をいとなみ、インカのような大社会をつくらず、王などもいなかったが、ひじょうに勇敢な民族であり、スペインの侵入に強い反感を抱いた。そしてただちに敵対行動をとりはじめた。アラウコ族が成層社会をつくらず、王ももたなかったということが、彼らのスペインに対する抵抗を助けたのだろう。アステカやインカの場合のように、王や皇帝が捕まればそれでおしまい、ということがなかったからである。…

…そして、スペイン植民地時代を通じ、その川が両者の境界線となってアラウコ族の抵抗はつづき、チリ独立後、1850年に、やっと共和国政府とアラウコ族との間の和解が成立した。現在彼らはマプーチェ族として、民族の誇りを守りながら平和に暮らしている。

北米に目を向けると、Pilgrimsが到着したのが1620年、CaliforniaのGold Rushが1849年だから、太平洋岸まで達するまで200年以上を要している。西部劇でみる「インディアン」たちは馬に乗り、銃で武装している。西部開拓で対立したnativeたちは西洋の影響を受けていないIncaやAztecとは違い、すでに彼らの文化、武器を取り入れている。
確かに、西洋人とAmerican nativesの関係を規定する上で、銃と病原菌と鉄が大きな影響を与えているが、それがすべてを規定している訳ではないことは明らかだろう。西洋人のnativesに対する態度やnativesの社会構造も大きな影響を与えている。当時、the American continentのなかで最も「高度」な社会を築き上げていたIncaとAztecが最も簡単に征服され、そうではない社会の方が頑強だったということはなかなか興味深い。
私が連想したのは、第二次世界大戦における日本の降伏である。the U.S. Armyは、あれだけ頑強に抵抗した日本軍の武装解除にはかなり不安を感じていたようだが、実際にはほとんど抵抗らしい抵抗もなく武装解除は進んだ。
Incaでは征服後もSpanishへの抵抗活動が続いたのだが、割り切りのよい降伏は、Inca、Aztec、日本に共通しているように思える。Inca、Aztecの皇帝と日本の天皇の役割には共通点があったのだろうか。

物語ラテン・アメリカの歴史―未来の大陸 (中公新書)

物語ラテン・アメリカの歴史―未来の大陸 (中公新書)