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波瀾万丈な時代の明るさ:高橋是清自伝

高橋是清「随想録」を読み、率直でおもしろいことを書く人だなという印象を受けたので、「高橋是清自伝(上)(下)」を読んでみた。
特に波瀾万丈な前半生について語られている上巻がおもしろい。近代日本人の自伝としては「福翁自伝」に匹敵する興味深さだと思う。このentryを見て、この本に少しでも関心を持った人はぜひ読むべきだと思う。
これから私なりの感想を書くけれど、この本のおもしろさを十分伝えられると思えない。悪いことはいわないので、とりあえずこの本の上巻を買ってみて欲しい。
高橋是清は1854年に生まれ、生まれてすぐに仙台藩の下級武士の養子となる。ペリー来航が1853年、明治元年が1868年だから、まさに幕末の動乱期に幼少期を過ごしている。
この時期になると、各藩は海外の知識を導入する必要性を感じ、外国語ができる人材の育成に務めている。高橋是清は聡明なこどもだったのだろう、英語の習得のために横浜に派遣され、さらには、Americaに送り込まれる。そして、明治維新が起きたという噂をSan Franciscoで聴くことになる。Americaから帰ってきた後、高橋是清は、英語を習得したことと海外体験を基礎として人生を切り開いていく。明治初年、さまざまな制度がまだ整備されていない時期だったから、すべてを自分の力で一から作り上げることになった。決められたcareer pathなどがそもそもないから、必然的に波瀾万丈な人生になる。
同じ江戸生まれで、明治時代に英語で身を立てた夏目漱石と人生を比較するとおもしろい。漱石は1867年生まれである。わずか13年の違いだが、育った環境はかなり違う。漱石帝国大学の英文科を卒業し、東京帝国大学第一高等学校で教えることになる。一方、高橋是清にはまとまった学歴はない。Americaに派遣された時も、特に学校に通学している訳ではない。帰国後、さまざまな学校で英語を教えている経歴があるが、単に英語を教えるだけではなく、英語学校を新しく立ち上げるような仕事をしている。
漱石帝国大学に入学する前は、まだ初等教育制度が確立していなかったから紆余曲折をしているし、帝国大学卒業後のcareerも平坦なものではない。漱石東京帝国大学や博士号という制度に反抗し、一小説家となり、博士号を返上している。一方、高橋是清にとっては、「制度」は自ら作るもので、それに反抗するような対象ですらなかったのだろうと思う。
高橋是清自伝」の上巻に、彼が日本の特許、商標登録制度をいちから作り上げる話がでてくる。海外の文献を取り寄せ特許制度の必要性を関係者に説き、それが認められると欧米へ調査に派遣され、各国の制度から取捨選択し日本の制度を提案し、農商務省に特許局という組織を立ち上げる。
興味深いことに、先が見えない波瀾万丈の人生を送った高橋是清はきわめて楽観的に見え、むしろ国家、社会の制度に従い、反抗する人生を送った夏目漱石の方がずっと悲観的に見えることである。「福翁自伝」を読むと福澤諭吉もきわめて明るい人だが、高橋是清と共通点があるように思う。
高橋是清は、欧米に対して当時の日本が脆弱だということは当然認識しているが、欧米の人たちに対してなんら気後れをしていないように見える。一方、夏目漱石は日本、東洋、西洋の関係には深く悩み、英国留学を「倫敦に住み暮らしたる二年は尤も不愉快の二年なり」と振り返っている。また、「それから」のなかで、代助が高等遊民をする理由を次のように語らせている。「何故働かないって、そりゃ僕が悪いんじゃない。つまり世の中が悪いのだ。もっと、大袈裟おおげさに云うと、日本対西洋の関係が駄目だから働かないのだ。」高橋是清には、日本と外国の関係をこのように捉える発想はけっしてしないと思う。
現代の日本に生きる私にとって、福沢諭吉高橋是清のような波瀾万丈であるがゆえの明るさを持つことは難しいし、漱石の暗さに共感するところが多い。しかし、「高橋是清自伝」を読んでいると、そんな自分の暗さを吹き飛ばしてしまうような爽快感がある。
まずは、上巻を手にとって欲しい。

随想録 (中公クラシックス)

随想録 (中公クラシックス)

高橋是清自伝 (上巻) (中公文庫)

高橋是清自伝 (上巻) (中公文庫)

高橋是清自伝 (下巻) (中公文庫)

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文学論〈上〉 (岩波文庫)

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それから (岩波文庫)

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