ストリーミングサービスの楽しみ
音楽のストリーミングサービスが本格的に始まった時、Apple MusicとGoogle Play Musicのどちらに加入するかかなり迷ったけれど、結局、Appleの生態系に取り込まれすぎるのも嫌だなと思い、Google Play Musicを選んだ。
ストリーミングサービスに加入する前は、自分が持っているすべての音源データをiPod Classicに入れて持ち歩いていた(余談だけど、iPod Classicはジョブスの愛情も感じられるし、はじめて買ったApple製品ということもあり、思い入れがある)。どうしても自分の音源は自分好みに偏ってしまうけれど、ストリーミングサービスに加入してからは、聴く音楽の幅も広がってきたし、音楽を聴く時間も増えた。
全集を読むことで深まる理解
去年のクリスマス・イブに、Google Play Musicでビートルズの楽曲が公開され、ストリーミングサービスで聴ける範囲でビートルズとソロ活動の曲を全部聴いてみようと思い立った。
ある作家の代表作だけを読むのと、全集を読み通してみるのでは格段に理解の深さが違う。若書きや実験作、失敗作を読み、その作家の試行錯誤のプロセスを知ったうえで代表作を読むと、印象も変わってくる。
例えば、夏目漱石は、代表的な小説だけではなく、朝日新聞主催の講演(「私の個人主義」など)や書簡(特に、正岡子規宛や芥川龍之介宛が有名)が「おいしい」ということは広く知られていると思うが、それらに加え、彼の初期の小説群が非常に興味深く、漱石を理解するには非常に重要だと思っている。
「三四郎」 以降、朝日新聞の連載することを前提とした一定のスタイルができあがるが、それ以前の小説は一作一作、文体もストーリーも小説の構造も大胆な実験を繰り返していて、その多様さと潜在的な可能性の豊かさには目を見張るばかりだ。
第一作目の「吾輩は猫である」は、猫の視点から書くという意味でも、そして、ストーリーがあるようなないようなという意味でも、そうとう風変わりな小説である。第二作目の「坊っちゃん」は、前作から文体もテーマも大きく異なっている。
漱石の小説のなかではいちばん読まれていないかもしれない「薤露行」はアーサー王伝説をテーマにし、文体に凝りに凝っている小説である(だから、現代人にとってはかなり読みづらい)。ジェイムス・ジョイスばりの「意識の流れ」の手法を使った「坑夫」が、ふつうに新聞小説として連載されいたということも驚きである。「薤露行」や「坑夫」は成功作とは言えないと思うけれど、これらの小説を読んだ上で「こころ」や「明暗」を読むと、また違った理解ができる。
実際、ビートルズとソロ活動を全部聴いてみると、作家の全集を読むようなもので、彼らへの印象が変わり、自分なりの理解が深まったと思う。
ビートルズ
ビートルズの全アルバムを聴いて、ハズレがまったくないことが印象的だった。ずいぶん前衛的なことに挑戦しつつ、失敗作になってしまったアルバムはないし、ムダだと思える収録曲もない。
もちろん、人によって好みはあると思う。私は"Rubber Soul"と"Abbey Road"が気に入っている。しかし、他のアルバムも悪くない。このあとソロ活動のアルバムを聴くと、正直、飽きてしまうアルバムもあるし、試行錯誤の跡が歴然とした曲もある。しかし、ビートルズ時代はそのような緩みはなく、奇跡的だ。
ジョージ・ハリスンは、ビートルズ解散後、それまで作り溜めてきたであろう曲を一気に収録した"All Things Must Pass"という二枚組のアルバムを出す。おそらく、ビートルズのアルバムの収録曲の背後には多くの曲があって、厳選されていることもその要因の一つなんだろうと思う。実際、ビートルズ時代のジョージ・ハリスンの曲は名曲ぞろいだ。
"White Album"と"Abbey Road"を聴いていると、そのことが解散の原因になってしまったんだろうなと感じる。この二つのアルバムでは、もはやバンドとしてのまとまりはなく、メンバー(リンゴを除いて)が自分の曲を持ち寄って並べたようになっている。おそらく、少しでも多くの自分の曲を入れたかったんだろうけれど、収録曲数には限界がある("White Album"は二枚組になってしまっている)。それだったら、ビートルズよりソロで活動したくなるのも当然だろう。
ポール・マッカートニー
これまで、ポール・マッカトニーのソロは、ヒット曲は聴いていたけれど、アルバムをしっかり聴くのはほぼはじめてだった。
ウィングス時代が想像以上に充実していることと、80年代以降非常に幅広い音楽に挑戦していることが印象的だった。クラシックのアルバムを出していることは知っていたが(実際に聴いたのははじめてだったし、一枚ではないことははじめてい知った)、テクノやアンビエントのアルバムがあることには驚いた。その一方で、
80年代後半から90年代前半まではかなり試行錯誤の時期だったように思う。正直、退屈するアルバムも多かった。しかし、その時期を抜けてからは、好きな音楽を思うように作るようになった感じで、聴いていても安心できる。
2009年のライブ盤"Good Evening New York City"は、まさしくビートルズからはじまるポール・マッカトニーの音楽の集大成で、感慨深いものがある。
Good Evening New York City (W/Dvd) (Dig) (Ocrd)(2 CD + 1 DVD)
- アーティスト: Paul McCartney
- 出版社/メーカー: Hear Music
- 発売日: 2009/11/17
- メディア: CD
- 購入: 2人 クリック: 12回
- この商品を含むブログ (1件) を見る
ジョン・レノン
ジョン・レノンのソロはベスト盤でしか聴いたことがなかったので、突然はじまるオノ・ヨーコの叫び声の驚愕した。正直に言ってかなり不快だったが、その不快感こそがオノ・ヨーコのアートなんだろうなとも思った。
ジョン・レノンのアルバムにオノ・ヨーコの曲を入れることには、おそらく、ジョンとヨーコの二人以外は大反対だったんだろうと思う。いまでこそ曲をスキップするのは楽だけれども、ビニールのレコードではオノ・ヨーコの曲だけを飛ばすことは難しい。今回も「全部聴く」がコンセプトだったから、オノ・ヨーコの曲も飛ばさずに全部聴いて、レコード時代の感覚を味わった。
不快だけれども、強烈な印象が残ったのも事実である。アートの目的は、心地よい感情を引き起こすことだけではいから、これもひとつのアートなんだろうな思う。それにしても、あらゆる反対、反発を押しのけてオノ・ヨーコの叫び声をレコードに入れた二人の意志には(やや呆れつつも)感心した(もう、オノ・ヨーコの曲は聴くことはないと思うけれど)。
ジョージ・ハリソン
ジョージ・ハリスンがビートルズ解散後に出した"All Things Must Pass"はCDを持っていた。久しぶりに全曲聴き直したけれど、これは傑作だと思う。ビートルズのメンバーのソロアルバムのなかでもいちばんいいかもしれない。
Wikipediaでそれぞれのアルバムの批評を読みながら聴いていたのだけれども、ジョージ・ハリスンのアルバムへの批評には、必ず、"All Things Must Pass"以来の、という決まり文句がついていて、一世一代の傑作が彼にとって重荷になっていたのかもしれないと思った。
彼のソロ・アルバムは聴いていてリラックスできて気持ちがいい。しかし、今ひとつ引っかかりがなくて、曲と曲、アルバムとアルバムの区別がつかない感じである。エリック・クラプトンと共演した"Live in Japan"では、二人が楽しそうに演奏をしていて、彼の気持ちのいい音がよく表現されている。
リンゴ・スター
リンゴ・スターのソロアルバムを聴いたのがはじめてだったし、こんなに多くのアルバムを発表していたとは失礼ながらまったく知らなかった。
ビートルズ解散直後に発表された"Sentimental Journey"は、スタンダード・ナンバーのカバー集で、発表当時はまったく評価されていなかったらしいけれど、現在聴くとこれはこれでなかなか心地いい音楽だと思う。
"Ringo Starr & His All-Starr Band"としての活動は、一種、リンゴがプロデュースしたフェスのようなもので、現代を先取りしているところもあったかもしれない。しかし、突然、シーラEが出てきたのには驚いたけれど。