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"The President":トランプ大統領のリアリティ・ショー

メリル・ストリープクリント・イーストウッドを「正す」

大統領選挙をめぐるクリント・イーストウッドメリル・ストリープのやりとりが、今回の両陣営の関係を象徴していたと思う。

クリント・イーストウッドは、エスクァイアのインタビューで次のように答えている。

ESQ: But if the choice is between her and Trump, what do you do?

CE: That's a tough one, isn't it? I'd have to go for Trump … you know, 'cause she's declared that she's gonna follow in Obama's footsteps.

(引用者訳) 

エスクァイア:でも、彼女(ヒラリー・クリントン)とトランプの選択になったら、どうしますか?

クリント・イーストウッド:そいつは、究極の選択だよね。トランプにせざるを得ないだろう、だって、彼女はオバマの足跡をたどるって宣言してるし。

www.esquire.com

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クリント・イーストウッドは、積極的にトランプを支持する、とまでは言っていないし、かつては共和党大会でスピーチをしたこともあったけれど、今回は登壇していない。あくまでも、どちらを選択するかといわれれば、ドナルド・トランプだと言っているに過ぎない。彼はリバタリアンで、一貫して共和党を支持しているから、ヒラリー・クリントンに投票できないということは十分理解できる。 

クリント・イーストウッドがトランプに投票するらしいという話を聞いたメリル・ストリープは次のようにコメントした。

'I didn't know that. I'll have to speak to him. I'll have to correct that!'

(引用者訳)

「知らなかったわ。彼と話さなきゃ。それは正さないと」

www.dailymail.co.uk

"correct that"をどう訳すか迷うところだが、いずれにせよ、メリル・ストリープには自分が正しく、クリント・イーストウッドが間違っている、という認識があるのだろう。

メリル・ストリープヒラリー・クリントンを強く支持するのはよく理解できる。そして、ドナルド・トランプに投票するという人に対してヒラリー・クリントンに投票するよう説得するのも当然だと思う。しかし、一人の独立した大人であるクリント・イーストウッドの判断に対して、"correct"できると考えるのは少々思い上がっているのではないかと感じる。

ドナルド・トランプに投票した人たちの多くは、おそらく、クリント・イーストウッドと同様に、ドナルド・トランプに問題が多いことは理解しているけれど、ヒラリー・クリントンに投票するという選択肢はないと考えたのだろう。

一方、ヒラリー・クリントンの支持者から見ると、ドナルド・トランプに投票することなど論外で、彼の支持者の気持ち、考え方がまるで理解できない、ということなのだろう。

 わかりやすいヒラリー・クリントン、わかりにくいドナルド・トランプ

ヒラリー・クリントンは本心を語っていないので信頼できない、一方、ドナルド・トランプは自分の考えをあけすけに語っている、という評価がある。

たしかに、選挙期間中、ヒラリー・クリントンは繕っていて本心を語っていなかったと思う。そして、敗北宣言後のスピーチでは、ようやく落胆した気持ちについて素直に語っている。

www.huffingtonpost.jp

しかし、ヒラリー・クリントン自身が本心を語っていなくても、彼女の気持ちは見え見えだったように思う。少なくとも私にとっては彼女の気持ちはわかりやすかった。以下のエントリーでは私が想像した彼女の本心について書いてみた。

yagian.hatenablog.com

彼女に比べると、ドナルド・トランプは「繕って」はいないように見えるけれど、その放言のどこまでが本心なのか見極めづらかった。結局、彼はなんのために大統領選挙に立候補し、大統領になったら何をやりたいのかよくわからなかった。

そこで、現段階ではトランプについて書かれた本のなかで、最新かつ詳細、客観的なものと思われるワシントン・ポストの記者による「トランプ」を読んでみた。

以下、この本で印象に残った記述を引用しながら、今後ドナルド・トランプがどのような大統領になるのか考えてみたい。

トランプ

トランプ

 

 ドナルド・トランプとは何者か

 まず、ドナルド・トランプとは何者か端的にまとめるた記述を引用したい。

「トランプ」が意味するのは、野心、富、そして成功を体現することだというメッセージを送りつづけた。トランプの戦略の中には失敗したものもあれば、大金を生み出したものもあったが、すべての中心には、トランプのアイデンティティである「交渉の達人」という入念につくりあげられたイメージがあり、また、成功の原動力となるのは、スタッフや会社ではなく、トランプ自身だという主張があった。(p166) 

ドナルド・トランプは称賛であれ批判であれ、注目されるのはよいことだと考えている。自分のイメージそのままがブランド・イメージになるため、自分そのものがブランドだという信念で生きてきた。(p14)

この記述のなかで、「交渉の達人」と「ブランド・イメージ」という言葉がキーワードだと思う。 

「交渉の達人」としてのドナルド・トランプ

まず、「交渉の達人」の方から考えてみたい。

彼のキャリアは不動産ビジネスから始まっている。新しい商品を作って価値を創造する製造業と違って、彼の不動産ビジネスでは、「安く買って高く売る」ということが中心にある。だから、彼が儲けるためには、安く売る人、高く買う人が必要で、誰かが損をすることになる。だから、ドナルド・トランプの世界は、必然的に

 勝者と敗者しか存在しないトランプのゼロサム的世界(p239)

になる。そして、「ゼロサム的世界」で収益を上げるためには「交渉の達人」であることが必要になる。

ドナルド・トランプがほんとうにすぐれたビジネスマンか、大金持ちなのか、という疑惑があるが、同様にほんとうに「交渉の達人」なのかはわからない。

確かなことは、交渉に勝つためにはどんなことでもすることだ。今回の大統領選挙戦と同様に、嘘もつくし、誇張もする。かんたんに前言を翻す。訴訟に訴え、執念深く交渉をする。楽な交渉相手ではないことは確かだ。

一方、大きな勝利を得るために、時として、リスクを無視した大博打をうち、冷静な損得勘定ができなくなることがある。彼は、複雑な交渉の末に、アトランティック・シティの巨大カジノを手に入れた。このことがビジネスマンとしてのドナルド・トランプを有名にすることに役立った。「戦利品」としてのカジノを豪華に飾り立てることには熱心だったが、カジノの運営にはあまり熱意がなく、また、手に入れる時に大きな負債を背負い、結局は倒産してしまう。

そのようなスタイルゆえに、数回の倒産を経験し、また再起をする、という波が大きいビジネスを繰り広げている。大統領になっても、リスクの大きい大勝負をかけて、大きな成功と大きな失敗を繰り返すかもしれない。

交渉のための「イメージ」づくり

また、彼は「ブランド・イメージ」を重視する。

たとえは悪いが、暴力団を想像するとよいと思う。彼らが交渉で利益を得ることができるのは、いざとなったら暴力を振るうことをためらわない、法に触れることを含めてなんでもする、というイメージがあるからだ。そのイメージを保つために、実際に暴力を振るうこともあるが、毎回暴力を行使するわけではない。重要なのはイメージの方だ。

ドナルド・トランプは、好評も悪評も含め注目されることを目指す。注目されることが好きだ、ということもあるだろうけれど、「交渉の達人」であるためには、悪評も含め交渉に勝つためにはなんでもするというイメージが重要なのだろう。

アトランティック・シティのカジノの倒産の後、雌伏の期間を経て、テレビ番組「アプレンティス」に出演することで復活を遂げる。テレビ関係者によれば、彼がタレントとして才能に恵まれているのは確からしい。

『アプレンティス』によってトランプは、困難な10年間をくぐり抜けてきた自慢屋の大金持ちから、率直さを魅力とする、アメリカの成功神話の伝道者へと変貌を遂げ、視聴率というトロフィーを巡るレースの勝者になったのだ。(p302)

 そして、彼の「ブランド・イメージ」が全米規模に広がるとともに、不動産取引からビジネスの形態が変わっていく。

一銭も出さずに名前だけをライセンスするというやり方をとることで、トランプはたとえ事業が失敗した場合でも、たいていは相当な利益を手に入れることができた。

…自分の名を冠していはいるものの、自らの資金を必要としない事業体を多数つくるのである。

 ブランドこそがトランプの本業だ。(pp311-312)

 「トランプ」の名前が冠してあるビルや開発事業も、必ずしもドナルド・トランプ自身が出資している訳ではない。「トランプ」というブランドをライセンスしている場合が多い。彼の「富豪」というイメージや、マンハッタンの「トランプタワー」の豪華なイメージによって、「トランプ」の名前を冠したビルの不動産価値が上がり、販売が促進される(こともある)。

「アプレンティス」を中心として、トランプ一家が露出し、有名になることで、ブランド・ライセンス・ビジネスの価値を高めることになる。

そういう「悪評」が「交渉の達人」というイメージを高める。

 何のために大統領選挙に出馬したのか

もちろん、素朴に大統領になってみたい、それによって権力欲、虚栄心が満たされるという側面もあるだろう。しかし、最大の理由は、大統領選挙に出馬し、さらには米国大統領になることで「トランプ」というブランドの価値が最大化されることにあるように思える。

ドナルド・トランプのロシアでのビジネス・パートナーは次のように語っている。

エミンが言うには、大統領選出馬はトランプのビジネスにも好材料になるとのことだ。「たとえば大統領になれなくても、自分のブランドを前面に押し出せるおかげで、ブランドの経済価値は三倍に拡大するんじゃないか?」(p314)

 これまで「トランプ」のブランドは、アメリカ国内にとどまっていた。しかし、この選挙戦を通じて、世界的に好評、悪評を含め巨大な注目を集めることで、「トランプ」は世界的なブランドになったことは間違いない。ドナルド・トランプから見れば、このことが最大の成果ではないだろうか。

ドナルド・トランプは、選挙戦を通じてさまざまな放言をしてきた。それらの言葉をどこまで真に受けるべきか、疑心暗鬼になっている人が多いと思う。結局のところ、ドナルド・トランプは、主義、イデオロギーといったものにはあまり関心がないように見える。交渉に勝ち、ブランド・イメージを広めることに関心が集中している。それ以外「このような世界を実現したい」という考えはないように見える。

首席戦略官に任命したスティーブ・バノンは、明らかに人種差別主義者だと思う。ドナルド・トランプは、強い人種差別的な傾向はあるが、スティーブ・バノンのように「主義者」といえるほど人種差別に執着している訳ではない。スティーブ・バノンは「主義者」だから一貫して人種差別的主張をするが、ドナルド・トランプは状況に応じて主張が変わる。

例えば、スティーブ・バノンの「テクノロジー企業の役員にアジアからの移民が多い」という発言に対し、ドナルド・トランプは「ひどい話だ。スティーブ、私たちは慎重に考えなければならない。有能な人はこの国に留まらせておくべきだ」と答えている。これは、この二人の違いを象徴していると思う。

だから、スティーブ・バノンは、遅かれ早かれドナルド・トランプに解任されるだろう。

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ドナルド・トランプがメキシコ移民の排斥を訴えている。このことは、彼が人種差別的な発言、行動をしてはならない、とは思っていないことを示している。しかし、「主義」としてメキシコ移民を排斥しようと考えているとは思えない。アメリカにとってメキシコ移民が有用な状況になったと判断すれば、発言はかんたんに覆るのではないか。

ドナルド・トランプは、アメリカの労働者にとってメキシコからの不法移民がマイナスになっていると考えている。メキシコ大統領との交渉によって、メキシコからの不法移民を減らすことを実現しょうとしている。「メキシコ政府の費用で国境に壁を作らせる」という発言は、その交渉を有利に導くための方策だろう。日本の核武装を容認する発言も、日本の防衛負担を増やす交渉のための方策と考えればいい。

個々の発言を文字通り実現しようとしている訳ではないから、状況に応じて簡単に前言は撤回するだろう。彼の狙いは、自ら各国と交渉することで、アメリカにとって有利な条件を勝ち取ったという成果、ないしは、勝ち取ったというイメージを得ることにある。

ドナルド・トランプは大統領として何をするのか

ドナルド・トランプは、「交渉の達人」というイメージと「トランプ」の「ブランド」価値を高めるように行動するだろう。

いま、大統領のスタッフ候補者は、マンハッタンの「トランプ・タワー」にやってきて、ドナルド・トランプと面接をする。金色のエレベーターの前のロビーにはテレビ・カメラが据え付けられて、誰がやってきたのか撮影している。「アプレンティス」が現実のものとなったような、大統領職はすでに事実上のリアリティ・ショーになっている。実際に大統領に就任した後、"Trump in White House"とか"The President"というタイトルのリアリティ・ショーのテレビ番組が作られてしまうかもしれない。

いずれにせよ、好評、悪評を含め、とにかく世界の注目を集める話題が提供され続けることは間違いない。

そして、国家のトップ同士による大きな取引を実現しようとするだろう。パリ協定やTPPから脱退すると宣言しているが、自分が手がけていない前任者の取引を認めたところで、ドナルド・トランプにとってなんの得にもならないからだ。あくまでも彼自身の手で大きな取引をまとめたという実績、ないしは、イメージがなければならない。

彼は「主義」はない。だから、大きな成果と認められる取引でありさえすればよい。だから、場合によっては、環境や自由貿易分野も交渉の対象になりうるだろう。いま、そういう取引ができる国内の政治基盤が安定している国を考えると、ロシア、中国、日本がターゲットになるのではないか。ヨーロッパは、トップダウンでは交渉が簡単に進む状況にない。

そして、交渉で解決できない領域については、こだわりがないこともあり、その分野の専門家に任せてあまり干渉しないのではないだろうか。

ドナルド・トランプ大統領の後に残されるもの

金ピカの「トランプ」ブランドは、アメリカでは時代遅れになりつつある。世界的なブランドになった「トランプ」は、金ピカのブランドが歓迎される地域、例えば、中国、ロシア、中東などに進出していくだろう。おそらく、中国に各都市にトランプ・タワーがあふれかえることになる。

四年後には、ドナルド・トランプのリアリティショーもいささか辟易されているだろう。そして、あらゆる意味で彼の対極にあり、しかし、個人としての「ブランド・イメージ」を持っているオプラ・ウィンフリー民主党の大統領候補の指名を得て、史上最高の投票率となる大統領選挙となる、と妄想している。

余談:モディ首相のビッグ・ハグに耐えられるか

ドナルド・トランプ潔癖症で握手を嫌うそうだ。たしかに、大統領選挙中も選挙民と握手しているシーンは見たことがない。

インドのモディ首相は、さまざまな指導者とハグをし、全力の握手をする。バラク・オバマとモディ首相のビッグ・ハグは有名だ。

ドナルド・トランプは、モディ首相のビッグ・ハグに耐えられるのだろうか?

www.washingtonpost.com