なぜ翻訳をするのか
最近は中国語の勉強を優先しているので開店休業状態になっているけれど、英語のブログ"Everyday Life in Uptown Tokyo"を書いている時期があった。
たいていは英語で自分の言葉を書くようにしていたけれど、日本語を翻訳したり、日本独自の概念を英語で説明したりしたエントリーもある。英文和訳もおもしろいけれど、和文英訳の方がより楽しいような気もする。原文の日本語の意味を、自分の限られた英語表現に置き換えることがパズルのようで、そこが楽しいのかもしれない。
やや大上段に振りかぶった理由としては、英文和訳に比べて和文英訳が少なく、文化的な側面で日本は大幅な輸入超過であり、そのような環境では少しでも和文英訳することも意味があると感じている。
村上春樹の翻訳
英語のブロクで書いた記事を読み返してみると、村上春樹の文章を翻訳したものがいちばん多い。
私自身が好んでいることもあるし、海外で英語に翻訳されていない村上春樹情報に飢えている人がいることもある。特に、村上春樹がカタルニア国際賞を受賞したときの、311のことについて触れたスピーチを翻訳したときにはかなり反響があった。広く読まれることは目指したり、期待したりしている訳ではないけれど、読みましたというコメントが付くと単純にうれしい。
村上春樹の小説は、英語には確実に翻訳される。日本語で出版されてからしばらく時差があるから、英語で感想を書き、小説の中の一節を英訳することもある。
あと、小説以外の本で、いつ翻訳されるかわからないもののさわりを英訳して紹介したエントリーもある。「小澤征爾さんと、音楽の話をする」は英訳されたが、「雑文集」は未英訳のようだ。
歌詞の翻訳
今回、ブログのエントリーのタイトルを眺めていて、意外と日本のポップミュージックの歌詞を英訳していたことに気がついた。
日本のポップミュージックを紹介したいという気持ちがあり、しかし、youtubeのリンクを張るだけでは芸がないので、歌詞の英訳を付けたくなる。もちろん、英語の詩のルールも知らないし、韻を踏めるわけでもないので、英語として歌詞っぽくなっているかわからないけれど、なるべく原曲に乗せて歌えるぐらいの分量に収めるようにしている。
いい歌詞は想像力を広げさせる力があるから、つたない英語であっても、youtubeで音楽を聴きながら英訳詞を読めば、私と同じ景色を想像してくれるんじゃないかと思っている。
日本文化のキーワードの解説
和文英訳ではないけれど、日本文化のキーワードであまり英語での紹介がなさそうなものを英語で解説したエントリーもある。例えば「ヘタウマ」「和製英語」「断捨離」「空気を読む」「クールビズ」。
インターネット上では、「ヘタウマ」を英語で解説した文章がほとんどないらしく、googleで"hetauma"を検索するとトップにくるし、アクセス数がなかり多いエントリーのひとつでもある。
こんな感じで、日本文化のキーワードを辞書的に紹介するブログを作れば、それなりにアクセスが増えそうな気もするけれど、そこまでの根気はなくて実現できない。