プロレスの経験とプロ野球の今後

ここ15年ぐらいのプロレス衰退の経緯を見てきた目で見ると、いまのプロ野球は、10チームに削減して1リーグ制にしても、将来は暗いと思う。
結局のところ、巨人以外の球団は、巨人戦の放送権料をあてにしており、その分配の方法をめぐって綱引きをしている。セ・リーグの巨人以外の5チームは、できれば、現状のまま、5チームで巨人戦の放送権を確保したいと考えている。
一方、パリーグ、特に、オリックス、西武、ロッテは、1リーグ制にすることで、実質的に巨人戦の放送権を再配分したいと考えている。1リーグ制にするだけの話であれば、12チームで1リーグを作ることだって不可能ではない。しかし、巨人戦の放送権料の総額を考えると、11チームで分配するのはきびしいから、球団の数を減らして9チームで分配しようという構想である。
そして、巨人は、巨人戦の視聴率が下がり続けているのに歯止めをかけるために、西武やダイエーとの試合などの新鮮なカードを増やして、てこ入れをしようとしているのだろう。ある意味、巨人がいちばん現在の状況に危機感を持っているのかも知れない。
プロレスは、かつて、金曜日のゴールデンタイムと土曜日の夕方に1時間の放送枠を持っていた。その頃は、馬場と猪木を目当てにしていた「お父さん」を主な視聴者としていた。彼らは、毎週の放送を楽しみにしていて、プロレスが地元の町に巡業にやってくれば見に行くが、前座のプロレスラーの名前を覚えるほどに詳しいわけではなかった。プロレスの東京での興行では、日本武道館を満員にできれば上出来で、収入は地方巡業の上がりとテレビの放送権料に依存していた。
馬場の全日本プロレス、猪木の新日本プロレスに次ぐ国際プロレスという第三団体は、かつて、テレビ東京が中継していたが、視聴率の低迷のために放送を打ち切られることで、倒産に追い込まれた。全日本プロレス新日本プロレスもともに、視聴率低迷のために、放送時間がゴールデンタイムから深夜枠へ変わった。これはプロレス団体の経営にとって大きな危機だった。しかし、かつて視聴率をささえていた「お父さん」がプロレス中継から離れていったけれども、よりマニア性が高く会場に積極的に足を運ぶ若いファンが増えてきた。このため、視聴率は低迷しても、観客動員は逆に増え、放送権料から東京ドームをはじめとした大都市の大規模な興行の入場料を収益の軸とするように転換した。
1990年代、新日本プロレスはドーム興行を中心として、猪木やタイガーマスク全盛期を超える収益を挙げていた。しかし、高田対ヒクソン・グレイシー戦を契機として、プロレスに変わって格闘技団体が人気を集めるようになった。K−1やプライドは、ペイ・パー・ビューからの収入を収益の軸としている。既存のプロレス団体は、2000年代に入ってから観客動員を大幅に減らし、ペイ・パー・ビューの購入者も少なく、リストラによってなんとか命脈をつないでおり、将来はきわめて暗い。
現在の日本のプロ野球界を見てみると、テレビの視聴率は低下しているが、観客動員は巨人などを除けば増加傾向にある。プロレスの放送が深夜枠に移動した時期に相当している。地上波のテレビで野球を見る「お父さん」の数は減っているけれども、球場に足を運んでくれるコアなファンは増えている。球団を削減して1リーグ制にして、巨人戦の放送権を分配しても、このままいけば、巨人戦の中継が地上波のゴールデンタイムで放映されなくなる可能性が高い。球団の削減と1リーグ制は、あまり将来性のある構想とは思えない。
入場者を増やすためには、都市の人口に応じたフランチャイズの分散が重要である。かつて、福岡がフランチャイズだったライオンズは、入場者の低迷によって西武ライオンズの身売りし、所沢に移転した。また、ロッテは、一時期川崎から仙台へ本拠地を移したが、これも入場者の不振によって、川崎に戻ることになった。この時期は、まだ、球場に足を運ぶコアなファンが育つ前の時期だった。
しかし、大阪を本拠地にしていた南海ホークスダイエーに身売りをし、福岡に本拠地を移してしばらく経った時期から状況は変わってきた。ダイエー・ホークスも、当初は観客動員に苦労していたようだが、現在では、ホームゲームは、ほぼ満員となる状況になった。日本ハムファイターズも、札幌に本拠地を移すことで観客動員をのばした。このような状況であれば、仙台でも球団経営が成立するかもしれない*1
プロ野球の球団の経営データが公開されていないので、実態はなかなかわからないけれど、ダイエー・ホークスであっても、球団経営が赤字だという。年間300万人を超える観客動員(もっとも、この数字も信用できないが)があっても、赤字になってしまうとすれば、いまのプロ野球のやりかたを続けている限り、巨人戦の視聴率が低迷して、ゴールデンタイム枠からはずれれば、リーグの経営が成り立たないということになる。
それでは、プロ野球との比較で引き合いにだされることが多いJリーグの収支の構造はどうなっているのだろうか。Jリーグでは、それぞれのチームの収支の平均値をウェブサイトで公開している*2。これによると、J1のリーグ戦(ナビスコカップ天皇杯などは除く)の2003年の総観客動員数が4,164,229人、1チームに平均すると約26万人である。2002年の実績でみると、J1チームの営業収入の平均は約27.2億円、このうち、観客の入場料は5.7億円、放送権料その他のJリーグからの配分金は3.3億円、そして、広告料が13.5億円である。一方、営業支出は約26.5億円で、このうち選手人件費は12.7億円だという。
Jリーグは、ホームタウン制で健全に経営されているかのごとくの報道がなされていることがあるが、このデータを見る限り、観客の入場料だけでは選手人件費の半分もカバーできていないことがわかる。広告料が最大の収入源であり、結局、Jリーグでも親会社の支援がなければ成立しない。もっとも、選手人件費や諸経費は、全盛期に比べかなり削減され、プロ野球より効率的な経営がされていることは間違いないだろう。
試合数が違うので、単純な比較は意味がないけれど、観客動員数でみると、J1全体の総観客動員数が400万人程度であり、ダイエー・ホークスはその3/4程度の集客を単独の球団で達成していることになる。プロ野球選手の年俸は、1チームあたり20〜40億円程度と考えれば、試合数が多くそれだけ経費がかかるとしても、これで経営が成り立たないというのは疑問である。
また、観客動員数に水増しがあり、有料入場者との乖離が大きく、入場料を中心とした経営が難しいとするならば、ほかに収入の道を探さなければならない。そうなると、広告料という名の企業からの支援と有料放送の二つの方法があるだろう。
視聴率が下がってきているとはいえ、プロ野球の広告媒体としての価値は、非常に高いことは間違いない。特に、企業の知名度を全国的に広めたい企業にとっては魅力的である。近鉄オリックスに合併する前に、球団名の命名権の売却をしようとしていたが、これは一つの有効な方法だと思う。
ニューヨーク・ヤンキースは、YESネットワークというケーブルTV局を持ち、ヤンキース、NBAのネッツ、NHLのデビルズの試合をニューヨーク近郊の地区に放送し、視聴者の契約料を得ている。地上波のゴールデンタイムでの放送が難しくなれば、このような有料放送からの契約料を得る方向で、放送による収益を確保する必要があるだろう。
仮に、こういった努力をして、観客動員を中心とした経営が成立するようになっても、将来的には肝心の入場者や有料視聴者が減ってしまうかもしれない。プロレス界では、格闘技が大きな影響を与えた。日本のプロ野球では、何と言ってもMLBが格闘技のような存在となっている。選手は流出し、ファンの関心も移っている。そうなったときこそ、本当の意味で、日本のプロ野球が存亡の危機に立たされるということになるだろう。
いずれにせよ、球団を削減しても、現在のプロ野球のファン層の転換という本質的な問題に対応していないことは間違いない。いまの経営者と選手会の争いは、結局のところ、コップの中の嵐にすぎない。本当の問題に直面するのは、これからである。