いじめをなくす方法

最近、宮台真司が10年ぐらい前に書いた本を読み返してみた。扱われている問題は、今とあまり変わっていないし、分析も的を射ており、古びていない。
「まぼろしの郊外―成熟社会を生きる若者たちの行方」(朝日文庫 ISBN:4022612908)のなかから引用しよう。

 一般に複雑な社会においては、さまざまな問題が、価値観ではなく構造的メカニズムによって生じる。価値観や動機づけはむしろ構造的メカニズムの派生物にすぎない。だから欠落は、価値の復権を唱えるロマンではなく、メカニズムによって埋め合わされなければならない。だがどんなメカニズムがどんな条件下でどの程度機能するのか自明ではない。そこには分析が必要になるが、分析にはコストがかかる。そうしたコストを支払う強い意志や能力を欠いた人々が、欠落をロマン主義的な吹き上がりによって埋め合わせようとする。

安倍内閣が設置した教育再生会議(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyouiku/index.html)のウェブサイトを見ると、現状分析がどこまで的確になされているのか疑問を感じる。現状に関するデータは事務局から提供されているようだが、その原因に踏み込んだ「構造的メカニズム」の分析まで行われているだろうか。たとえば、学力に関する調査の現状や授業時間の現状についてはデータが示されているが、なぜ、学力が低下したのかその原因まで踏み込んだ分析がない。いじめの実態についてのデータは示されているが、いじめが生じる原因までは踏み込まれていない。このため、単純に授業時間数を増やすといった対症療法的な対策や、価値観の注入が対策とされていしまう。
「まぼろしの郊外」では、このようないじめ対策が提案されている。

 私は、いじめのフィールドワークを通じて、クラス制度と学年制度をなくして、好きな仲間と、好きな時間に、好きな教員のところで、好きな科目を選択できる仕組みを整えれば、大半のいじめはなくなることを知った。
……
 教員に「生徒のあらゆるシグナルを見逃すな」と超人的な投資能力を強いたり、生徒に「無関係な人間を思いやれ」という超人的な努力を強いなくても―要するに実効性を欠いた価値伝達に過剰な負担をかけなくても―「自己責任で回るメカニズム」の下で「自己決定能力」を養うようにすれば、昨今増えているタイプのいじめの大半は、実際に消滅することが、実際の試みの中で証明済みである。

一方、教育再生会議「第1次報告(骨子案)」 (http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyouiku/dai4/siryou1.pdf)のいじめ対策は次のとおりである。

1.安心して学べる規律ある教室にする
学校の規律保持は不可欠です。教育関係者は、事なかれ主義に陥ることなく、厳しさと深い愛情を持って一丸となって取り組むことが必要です。
○ 規則を守ることの意義や大切さの指導について
○ 問題ある子供への適切な対応について(子供との十分な対話と指導)
○ 繰り返し反社会的行動等をとる子供への対応について(立ち直りに向けた支援、サポートを伴う出
席停止)
2.父母を愛し、兄弟姉妹を愛し、友を愛そう
愛、友情、正義感、忍耐力、誠実さなどの徳目を教え、全ての子供に規範意識を身に付けさせることは教育の大きな役割です。体験を通じて、豊かな情操、健やかな身体を育むことも重要です。
○ 長期集団宿泊体験、奉仕活動、ボランティア体験、職業体験等について
○ 芸術・文化活動、集団スポーツ活動について
○ 読書、童謡、茶道・華道・武道等について

どちらがいじめ対策としての深みと実効性があるか、明らかだと思う。