焼け跡の桜

先月のはじめの頃、家でつれあいと夕食を食べている時、ヘリコプターの音がうるさいけれど、なにかあったのかな、という話をしていた。家の上空をヘリコプターが通り過ぎていくことはあるけれど、低空でホバリングすることはあまりない。夜のヘリコプターの音は、なにか、不吉な印象がある。
夕食が終わり、洗面所に立つと、廊下に焦げ臭いにおいがする。おかしいと思って、臭いの元をたどっていくと、玄関の方のようだ。玄関を開けると、2ブロック先の家が燃えていた。
その家は、人が住んでいる気配がない木造の陋屋だった。火が見えるほど激しく燃え上がっている。ヘリコプターは火事の現場をサーチライトで照らしている。消防のヘリコプターのようだった。近所の人が心配して火事の様子を眺めに集まってきている。この界隈は路地が狭いから、大型の消防車は入れない。大通りからホースをつないで、放水の準備をしている。水をかけ始めると、火は見えなくなったが、煙が大きくなり、焦げ臭さは強くなった。
結局、その陋屋は全焼した。幸いなことに、周りの家には延焼はしなかった。翌日、その家の持ち主らしい夫婦が、焼け跡を片付けながら、道を通る近所の人に謝っていた。
この雑司が谷には、桜の名所と呼ばれるところはないけれど、いくつか見事な桜の木がある。盛りの時期になると、桜の様子を見て回っている。火事があった陋屋の庭には、みごとな桜の老木があった。焼けた家の屋根の上に枝を伸ばし、満開のときには、家が桜の花に覆われる。その家の古さと桜の美しさが対照的だった。今年、その桜はどうなっているのかと心配しながら見に行った。家が建っていた跡は、更地になっていて、その老木の全体像をはじめてみることができた。かつて家があった方の幹と枝は黒く焦げ、花がついていなかった。しかし、反対側の枝には、満開の桜が咲いていた。
桜は、ごつごつとして黒い地味な幹と枝に、淡い色で軽やかな花が咲く、その対照が美しい。この焼け跡の桜は、その対照がいっそう鮮やかだった。