バックアップ

ここのところ論語だの妙に固い本ばかり読んでいたから気分転換に「岡本綺堂随筆集」を手に取ってみた。しかし、固い本を読んでいた後遺症か、重たい話題が目についてしまった。
以下の引用は、岡本綺堂関東大震災にあった後の話である。

父祖の代から伝わっている刊本写本五十余種、その大部分は回収の見込みはない。父が晩年の日記十二冊、わたし自身が十七歳の春から書き始めた日記三十五冊、これらは勿論あきらめるより外はない。そのほかにも私が随時に記入していた雑記帳、随筆、書き抜き帳、おぼえ帳のたぐい三十余冊、これも自分としては頗る大切なものであるが、今更悔むのは愚痴である。せめてはその他の刊本写本だけでもだんだんに買い戻したいと念じているが、その三分の一も容易に回収は覚束なそうである。この頃になって書棚の寂しいのがひどく眼についてならない。

文筆家や学者が、関東大震災や太平洋戦争の戦災で、蔵書や長年作ってきたメモやカードを失ったという話をいくつか読んだことがある。蔵書はともかく、岡本綺堂の幼少からのの日記が失われたというのは残念に思う。日記が残されていれば明治初期の貴重な風俗資料になっていたはずだ。
私自身、蔵書には珍しい本はほとんどなく、全部失ったとしても図書館で探せばおおむね見つかる程度のものだし、メモもウェブログという形にしているから、ネット上とローカルのPCにバックアップが取ってある。しかし、自分にとっては価値があるものだけれど、残念ながら社会的な価値はない。

 震災当時、麹町には殆ど数えるほどの死傷者もなかった。甲の主人、乙の細君、丙のおかみさん、その人々の死んだのは皆その以後のことである。勿論、死んだ人々は皆それぞれの寿命であって、震災とは何の関係もないのであるかも知れないが、わずかに一年を過ぎないあいだにもこうも続々他倒れたのは、やはりかの震災に何かの縁を引いているように思われてならない。

神戸の震災以降、被災者の健康の問題は語られるようになったけれど、関東大震災でも同じ問題があったという話ははじめて目にした。

岡本綺堂随筆集 (岩波文庫)

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岡本綺堂日記 (On Demand Books)

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岡本綺堂日記・続 (On Demand Books)

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