ピースミール・エンジニアリング

カール・ポパーマルクス主義を批判した「歴史主義の貧困」を読んだ。
このなかで、ポパーは、マルクス主義は社会全体の改造を目指す「ユートピア的技術」とし、漸次的に社会を改良する「漸次的技術(ピースミール・エンジニアリング)」を対置した。マルクス主義を批判するポパーは、当然、「漸次的技術」の立場に立っている。

 漸次的技術者に特徴的な接近法は、次の点にある。すなわち彼は、「全体としての」社会に関するなんらかの理想−おそらくその一般的福祉といったこと−をいだいているかも知れないのだが、全体としての社会を設計し直す方法があるとは信じない。自分の目的が何であれ、彼はそれを小さいさまざまな調整や再調整−つねに改善してゆくことが可能な調整−によって、達成しようと努めるのである。……漸次的技術者はソクラテスのように、自分の知ることがいかに少ないかを知っている。彼は、われわれが自分たちの誤りを通じてのみ学びうる、ということを知っている。したがって彼は、予期した結果と達成された結果と綿密に比較しながら、一歩また一歩と自分の道を歩み、どのような改革についても避けることのできない望まれざる諸帰結、というものにつねに注意を怠らない。そして原因と結果を解きほぐすことを不可能とするような、また自分が本当は何をやっているのかを知ることが不可能となるような、多大な錯綜性と規模をもつ改革は企てようとはしないのであろう。(pp106-107)

「自分の知ることがいかに少ないか知っている」という言葉は重いと思う。成功している組織は、自ら手に余るような冒険的な改革に取り組むことはしない。しかし、ピースミール・エンジニアリングの不断の積み重ねによって驚くような成果を得ている。トヨタ自動車を想像してほしい。

 政治における科学的方法とは、次のことを意味している。すなわち、自分がなんら過まちを犯していないと確信し、過まちを無視しまた隠し、過まちの故に他人を責める、という偉大な技能にとって代えるに、過まちの責任を受け容れ過まちから学ぼうとし、またその知識を適用して将来その過まちを避けようとする、というようり偉大な技能をもってする、ということなのである。(p137)

若くしてトップに立ってしまった政治家、例えば、安倍前首相、前原前代表を見ていると、過ちを犯しそれから学ぶという経験をする前にトップになってしまったと思える。バラク・オバマに比べると、マケインは自らの過ちから学ぶ時間が十分あったように思う。

歴史主義の貧困―社会科学の方法と実践

歴史主義の貧困―社会科学の方法と実践