幕末の英語通詞の数奇な運命

佐野真由子「オールコックの江戸」を読んだ。幕末に着任した初代駐日公使オールコックの駐日時代の事跡に関する本である。そのなかに、しばらく前に読んだ岩尾龍太郎「幕末のロビンソン」(id:yagian:20110107:1294350917)に登場した人物が顔をだしている。通詞森山栄之助である。
「幕末のロビンソン」は、その前作である「江戸時代のロビンソン」と同様に、日本人の漂流者について扱っている。そのなかで、本書の第三章に、アメリカから日本へ漂流を装って入国したラナルド・マクドナルドというアメリカ人の話が取り上げられている。
ラナルド・マクドナルドは、白人とネイティブ・アメリカンとの間に生まれた混血であり、その二つのアイテンディティをめぐって苦悩したようである。生家を出奔し、放浪の生活を送るようになり、当時はまだ鎖国をしていた江戸幕府の日本へ渡航することを計画するようになる。
当時の江戸幕府は、清、朝鮮、琉球、オランダとしか国交がなかったから、アメリカ国籍のラナルド・マクドナルドが正規の方法で日本に入国することはできない。そこで、日本近海で難破したように見せかけて、北海道に上陸することに成功した。
その後、ラナルド・マクドナルドは、江戸幕府に拘束され、当時唯一の開港場であった長崎に護送され、そこで取り調べを受ける。当時、日本にいたヨーロッパの言語を使うことができる通詞は、オランダ語の通詞に限られ、英語を話すことができる者はいなかった。ラナルド・マクドナルドは、長崎で監禁されている三ヶ月の間、オランダ通詞たちに英語の教育をしたという。そのなかに、森山栄之助がいた。
オールコックの江戸」によると、オールコックが江戸に着任したときに、英語を話すことができる者は、この森山栄之助と、やはり「幕末のロビンソン」で扱われている中濱万次郎のふたりだけだったという。このため、森山栄之助はオールコック江戸幕府の交渉の場にはほとんど参加し、オールコックからも深く信頼されるようになる。
オールコックの外交上の最も大きい業績は、江戸幕府からヨーロッパへの使節を送り出す仲介をしたことだった。その際、オールコックは森山栄之助を使節に加えることを幕府に推薦し、彼と一緒にヨーロッパへの旅をする。その船中、森山栄之助はオランダ人とは自由に会話し友人となり、また、英国人とも充分にコミュニケーションをしていたという。
白人とネイティブインディアンの混血という複雑な出自をもつラナルド・マクドナルドが当時、アメリカ人には閉ざされていた日本を密航し、そして、日本人に英語を教える。その教え子が、幕末のイギリスとの交渉に活躍し、また、イギリスから来日した公使の信頼を得て、一緒にヨーロッパへの旅をする。
実に数奇な運命だと思う。

オールコックの江戸―初代英国公使が見た幕末日本 (中公新書)

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幕末のロビンソンー開国前後の太平洋漂流〈ロビンソン・クルーソー・ゲーム〉

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江戸時代のロビンソン―七つの漂流譚

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