中国の盗賊と日本の雑兵

高島俊男「中国の大盗賊・完全版」を再読した。稲本が推薦しているように(id:yinamoto:20100302:p1)、実におもしろい本で、中国を理解するためには欠かせない本のひとつだと思う。
本書のいちばんスリリングな部分は、もちろん、毛沢東による中華人民共和国建国を、漢や明と同じように盗賊による新王朝の成立であり、毛沢東を皇帝とするところである。実に説得力のある議論である。
序章に、エリック・ホブズボウム「匪賊の社会史」の議論を援用しながら盗賊の成立する条件を要約している。少々長いが引用しようと思う。

盗賊が発生し存在するのは氏族社会と近代資本主義社会との中間の段階にある農業社会である。農業社会とは、社会が農業(牧畜を含む)に基礎を置き、領主、都市、法律家、銀行家等のうちのいずれかが、ないしいくつかが農村を支配し、土地を持つ農民と土地を持たない農業労働者とが被支配層を形作っている社会である。そういう時代のそういう社会なら、たいてい盗賊がいる。なかでも、ペルー、シチリアウクライナインドネシア、それに中国、などに多い。
 そういう農業社会のなかで、農作業にあまり手間や人手を必要としない所とか、強壮な男子に十分な職をあたえることができない所では、農村過剰人口が生じる。これが盗賊の源泉である。
 盗賊にとって理想的な環境とは、各地域の権力が確立していて、言いかえれば相互の連絡がわるくて、A地域で悪事をはたらいてもB地域に逃げこんでしまえば、AはBに手を出せず、BはAで起こったことは関知しない、というような所である。
 経済が発展し、交通・通信が発達し、能率的な行政が行われる近代社会になると、盗賊は消滅する。そこまでゆかなくても、速くて良好な近代的道路ができただけでも、盗賊はいちじるしく減少する。
(pp26-27)

藤木久志「雑兵たちの戦場」に描かれた戦国時代の雑兵たちは、まさに、ホブズボウムがいう盗賊の条件に合致している。下層農民の出身の豊臣秀吉が全国を統一したのは、まさに、中国において盗賊出身の頭目が王朝を作り上げたことに相当するのだろう。
日本国内は、秀吉と家康によって統一が実現し盗賊が跋扈する条件がなくなった。中国は、20世紀半ばまでは盗賊が活動する条件があったということだ。(もちろん、日中戦争における日本軍も盗賊である。)
現代の中国は、盗賊が活動する条件がもうなくなったと言えるのだろうか。それとも、共産党の統治が崩壊すれば、再び盗賊が跋扈する社会となるのだろうか。
中国を見守って行きたいと思う。

中国の大盗賊・完全版 (講談社現代新書)

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匪賊の社会史 (ちくま学芸文庫)

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【新版】 雑兵たちの戦場 中世の傭兵と奴隷狩り (朝日選書(777))

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