TPP交渉参加問題とサブガバメント

TPP交渉参加問題が取りざたされているけれど、論理的に交渉参加に反対する論拠がどこにあるのかよくわからない。
最近目にした議論でいちばん説得的だと思ったのは山崎元氏のこのツイートである。

TPPも含め、FTAEPAについてそれほど複雑な議論があるとは思えない。関税や非関税障壁を削減すれば、基本的にはより安く輸入品を購入できるようになるから消費者にメリットがある。山崎元氏が書いているように、別に海外と交渉せず、日本が一方的に関税を引き下げても日本の消費者にとってメリットがある。
一方、関税や非関税障壁に守られてきた産業には、特に日本の場合問題になっているのはいうまでもなく農業だが、輸入品と競合することでデメリットが生じる可能性がある。
論理的には、この両者のメリットとデメリットを比較して、国全体としてメリットの大きい方を選択し、仮に消費者にとってのメリットの方が大きければ、その一部を使ってデメリットを受ける農業者に補償すればよい。
グローバルに見ても、自由貿易によってより合理的な国際分業が実現することで、世界全体としての所得は増加する。というのが教科書的な経済学の議論だと思う。
なにやら、自由貿易を進めることによって利益を得る国内産業、不利益を被る国内産業の戦いのように議論が矮小化されてしまっているけれど、自由貿易によって世界全体、国民全体としてのメリットが増進されるという、自由貿易推進の議論の基本を考えるべきだと思う。
農業関係者が、TPPへの参加によって被る不利益が十分補償されない、と主張するならば理解できる。しかし、TPP交渉への参加自体を反対する論理的根拠はどこにあるのだろうか。TPPによって利益を得る消費者、さらにはグローバルな所得増加よりも、現状の関税を維持することの方が望ましいという合理的な根拠がどこにあるのだろうか。もしあるのならば説得的に説明して欲しい。
TPPの交渉には、原則10年間で段階的に関税を撤廃するという前提があるが、これは原則であって、あらゆる関税を撤廃するということが結論になるとは思えない。その各国の条件をすり合わせるために交渉が行われるのであって、一方的に農業関係のすべての関税を撤廃するという結論になる訳ではない。また、WTOにおいても、農業者に対して直接補償をすることは認められている。
TPPにはアメリカを除いて日本が工業製品などを輸出することができる市場を持った国がなく、日本には参加するメリットに乏しいという議論がある。しかし、日本の消費者を考えればTPPへ参加するメリットは十分あるし、また、TPP参加によってこれまでFTAEPAへの障壁となっていた「農業問題」を解決できれば、TPP以外の国とのFTAEPAが推進できる。
以前の日記でいわゆる「原子力村」(id:yagian:20110628:1309230821)や「軍産複合体」(id:yagian:20110910:1315606682)といったサブガバメントについて扱ったことがある。「農業」も日本最大のサブガバメントのひとつである。
ガット・ウルグアイ・ラウンドの時、コメのミニマムアクセスを受け入れた後、ガット・ウルグアイ対策という名目で巨額の農業農村整備のための投資が行われた。
農業という産業への補償、もしくは、農業の競争力の強化という意味では農業の生産基盤への補助がされればそれで十分だったはずだが、もちろん生産基盤への投資もされたけれど、実際にはいわゆる農村の生活環境への投資が大規模に進められた。
この時期の農村の生活環境への投資がムダだったとか、悪かったとは思わない。しかし、ガット・ウルグアイ対策として行われたというのは筋違いだったと思う。
結局、ガット・ウルグアイ対策は、ガット・ウルグアイ・ラウンドの交渉成立によって悪影響を受ける産業としての「農業」への補償ではなくて、サブガバメントを構成する「農家」と「農業関連団体」への利益誘導になったということだと思う。
1960年に「農業基本法」が作られ、農業の「構造改善」を進めるという政策目標が立てられた。これは、農業を行う事業体の規模拡大、強化を進め、農業によって得られる所得を他産業なみに引き上げることを目指していた。以来、50年経つけれども、「構造改善」は(全くとは言わないけれど)遅々として進まなかった。
「農家」は兼業化を通じて他産業従事者なみの所得を得ることになり、日本の農業自体の「構造改善」は進まなかった。これは、農家にとっても、農業団体にとっても、農家を基盤にする政治家にとっても望ましい方向性だったからだ。しかし、「農業」の「構造改善」は進まず、「農業」に関わるサブガバメントが自由貿易に対する最大の障壁になっている。
さらに言えば、「農業」サブガバメントには、日本の農業の競争力を強化することに関心がないように見える。ガット・ウルグアイ対策が日本の農業の競争力を強化することに重点投資されなかった。今回、TPPによって日本の農業に対して補償するならば、将来にわたって日本の農業の中核となりうる農業事業者に重点をおいて補償すべきである。しかし、「農業」サブガバメントを構成する「農家」や「農業団体」は、必ずしもそれを好まない。有力な農業事業者は、「農協」のよい顧客とは限らない。「農協」は「農業」サブガバメントの指導に従う「農家」の支持を得ようと行動し、「農業」そのものもの強化を目指している訳ではない。
あまり「国益」という言葉は好まないけれど、ありていに言えば、「農業」サブガバメントは国益を損なっていると思う。
鉢巻をしめて気勢を上げるTPP参加反対集会が行われているけれど、そこに参加している政治家の顔はよく覚えておこうと思う。