明るい「貧乏」:「キューバ・アメ車天国」(ディスカバリー・チャンネル)

最近、地上波で見たい番組がほとんどない

最近、地上波で見たいと思う番組がほとんどない。特に、民放のバラエティやドラマはまったく見る気が起きない。

NHK-BSで海外制作のニュースやドキュメンタリー番組、スポーツ中継を見ることが多い。特に、世界各国のニュース番組をそのまま並べて放送している「ワールドニュース」は、それぞれの国の興味関心、事情がよくわかり非常に興味深い。

その他、スカパーでCNNやBBC、そして、マニアックなチャンネルをいくつか契約している。例えば、「ミュージック・エア」というチャンネルは、クラシック・ロック、ソウルのドキュメンタリーやライブを延々と放送していて、思わず時間を忘れて見入ってしまうことがある。

なぜかクラシックカーをリストアする番組がおもしろい

スカパーのマニアックなチャンネルの中でいちばん見ている時間が長いのは「ディスカバリー・チャンネル」(https://japan.discovery.com/index.html)である。

このチャンネルではクラシックカーをリストアすることをテーマとする番組がたくさん放映されていて、どれも楽しく見ている。私自身は、もう自家用車を手放して10年以上経つし、ハンドルを握るのも旅行先でレンタカーを借りる時ぐらいで、年に1回程度で、決してカーマニアではない(車好きとも言えないレベル)。しかし、エンジンから異音がするクラシックカーからメカニックがヒビの入ったマニホールドを交換している様子を食い入るように見ている。自分でも理由がわからず不思議である(司会者やひな壇芸人がいないことが清々しくてよい、という理由はある)。

クラシックカーリストア番組の中でも「名車再生!クラシックカー・ディーラーズ」(https://japan.discovery.com/series/index.php?sid=1036)がいちばん気に入っている。調子のいい(しかし目利きで交渉がうまい)中古車ディーラーのマイクが難ありのクラシックカーを激安で購入し、(腕利きの)メカニックのエドが文句をいいながらも修理、整備をして、最後に転売して利益を得るという内容である。なかにはコストに糸目をつけずに非現実的なリストアをする番組もあるけれど、これは最後に利益を得ることが目的になっているので、市場価格から逆算してリストア費用の予算を決めているので、その制約が番組のおもしろみを高めている。

 これらの番組でクラシックカーを眺めていると、現代の自動車がまるで魅力のないものに見えてきてしまう。もし、次に自動車を買う必要が生じたら、もう、実用性のみを考えてヴィッツかフィットの中古で十分だなと思う一方、趣味で自動車を買うんだったら(お財布を無視すれば)1967年式のマスタング・ファストバック(映画「ブリット」でスティーブ・マックィーンが乗っていた)か、ジャガーモデルEのコンバーチブルだなと妄想したりする。

キューバ・アメ車天国」

最近、ディスカバリーチャンネルで「キューバ・アメ車天国」(https://japan.discovery.com/series/index.php?sid=1516)という番組がはじまった。この番組は、単にキューバでのクラシックカーレストア事情ににとどまらず、背後にある社会や歴史、生活といったことを考えさせられる非常に興味深い内容である。

 1959年のキューバ革命以降のキューバに対する経済制裁のため、アメリカ車が禁輸となった。キューバアメリカ車の人気は高く、その時点でキューバを走っていた自動車がメンテナンスされなれながら現在でも大切に使われている。しかし、メンテナンスするための部品類が絶望的に不足していて、使えるものはなんでも工夫して使っている(まさに「ブリコラージュ」!)。

この番組の主人公の一人がリストアしようと格闘している1959年式キャディラックには、なんとボート用の重量が大きいディーゼルエンジンが搭載されていた。重すぎるためシャーシにダメージを与えており、エンジンを交換しようとする。当然ながらエンジンの入手も困難を極める。なんとか手に入れたエンジンはFF用のものなので、これをFR用に改造しなければならない。そのまえにエンジンが起動するかテストをするためにはバッテリーとエンジンオイルがなければいけないが、これを入手するのがまた一苦労である(自動車に関する部品がこれほど不足している割には、登場人物が普通にスマホは持っているのが不思議な感じがする)。

「貧乏と貧困は違う」(by 湯浅誠)

年越し派遣村を主催していた湯浅誠は「貧乏と貧困は違う」という言葉を使っている。「貧しくても幸せ」なことはありうるし、また、「貧しくて困った状態」こそが「貧困」だという。

私の大学時代の専攻は文化人類学だったけれど、そのなかで研究されている社会は、現代の先進国と比較すれば物質的な意味では相対的に「貧乏」である。そういった社会をロマンティックな視線を向けるのも危険ではあるけれど、そのすべてが「貧困」だった訳ではないだろう。

歴史的に過去に目を向ければ、同じように現代に比較すれば相対的に「貧乏」だけれど、やはり同じように「貧困」だった訳ではない。自分の生まれ育った環境のことを考えても、現代と比較すれば明らかに「貧乏」だったけれど、幸いなことに「貧困」ではなかったと思う。

キューバの明るい「貧乏」

あくまでも部外者の表層的な印象であるけれど、「キューバ・アメ車天国」の世界は現代のアメリカに比べると圧倒的に「貧乏」だけれど、明るい「貧乏」という印象がある。

必要な部品が手に入らなかったり、リストアのための費用が工面できなくなったりするとき、そのことに対して、いらだち、嘆く。キューバという国や彼ら自身の「貧乏」が、その主な原因である。しかし、彼らは人生のなかで、これまでも同じような事態に多々直面してきたし、それをなんとか乗り切ってきたという体験に支えられているためか、ひとしきり文句を言うと立ち直ってリストアをすすめるために前向きに奔走をする。

番組の中で、クラシックカー愛好者のイベントが紹介される。公園に自慢の愛車を持ち寄り、簡易なテントを張ってビールを飲みながらドミノを楽しみ、最後は音楽をかけてサルサを踊る。手作りの素朴なイベントだけれども、参加者はみなとても楽しんでいるように見える。

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」の「貧乏」と「8マイル」の「貧困」

映画「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」は、独立後は活躍する場を得られず「不遇」をかこっていたキューバの腕利きのミュージシャンたちが、ライ・クーダーのプロデュースでレコードを録音し、海外で活動する場を得るまでを描いたドキュメンタリー映画である。

彼らは、再びスポットライトがあたり、一山当てて「貧乏」から抜け出せるかもという事実に素直に興奮している。しかし、「貧乏」で活躍の場所がなかった不遇時代であっても、ずいぶん苦労はしているけれど、生活がすさんでいるようには見えない。

これに比べ、エミネムの青年期をモデルとした映画「8マイル」に描かれたデトロイトは、治安も最悪、コミュニティや家族も崩壊状態、公共サービスも欠乏していて、単なる「貧乏」にとどまらない「貧困」としか呼べない荒んだ状態になっている。

どちらの映画も音楽によって「貧乏」から脱出する物語ではあるけれど、その雰囲気は大きく異る。この差は何が原因なのだろうか。 

ブエナ☆ビスタ☆ソシアル☆クラブ [DVD]

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8 Mile [DVD]

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 アメリカ・キューバ国交回復と明るい「貧乏」のその後

アメリカとキューバの国交が回復され、経済制裁が解除されれば、キューバの経済状況は劇的に改善する。

国全体としては大幅に豊かになり、所得格差もあっという間に広がるはずだ。その時、キューバの明るい「貧乏」はどうなるのか見てみたいと思う。ハバナのなかにも「8マイル」の境界線ができてしまうのか、所得格差が広がっても明るい「貧乏」は明るい「貧乏」のままなのか。

「貧困」や「格差」の問題を考えるときに、言い方は悪いけれど、絶好のケーススタディのチャンスではないかと思う。