現代グローバリゼーションの最前線:明和電機とフライングタイガーと汕頭、義烏、深セン

明和電機とフライングタイガー

明和電機が作っている「魚コードUSB」の海賊版が全世界のフライングタイガーで販売され、 それに対して明和電機がさすがな対応をした、という事件があった。さまざまなことが考えさせられる実に興味深いできごとだった。

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明和電機は、「アート」の作品をマスプロダクトの製品として販売している。そのなかの代表作がこの「魚コードUSB」である。この「魚コードUSB」は中国の工場で製造されていて、どのような経緯かはわからないが、フライングタイガーでその金型を使って作られた海賊版の商品が販売されていたという。それに気がついた人が明和電機に伝え、明和電機はその店に行って、そこにある商品を買い占め、自分の「魚コードUSB」のパッケージに入れ替えて、サイン入りで自分のウェブサイトから販売し、すぐに完売したという。

明和電機のマスプロダクト製品は、アートとはなにか、オリジナルとコピーとは何か、ということを問いかけているアートである。同じ金型を使っているという意味ではか物理的にはぎりなく本物に近い商品がフライングタイガーで売られており、それをオリジナルを作って売っていた明和電機が買って、パッケージだけを入れ直して転売する、これはオリジナルなのか、コピーなのだろうか。そして、明和電機の行為そのものはアートそのものだけれども、最終的なブツとしての「魚コードUSB」はアートなのか、ただのパチモノなのだろうか。また、よく知らずにやったとは言え、フライングタイガーも明和電機に絶好の機会を提供したものだなと思う。そして、明和電機の対応はアーティストとしてすばらしいと思う。

汕頭発のおもちゃのグローバリゼーション

「アート」という観点からみてもおもしろい話なのだが、企画、設計、製造、流通、販売という流れがいかにグローバリゼーション化されているか、ということがあらわになったケースとして見ても興味深いと思う。

明和電機のブログに、明和電機と似たアートとマスプロダクトの狭間で活動しているバイバイワールドの髙橋征資さんとの対談が掲載されている。

髙橋氏は「魚コードUSB」のように販売している「パチパチクラッピー」(これ自体、かなりくだらない商品ですばらしいけれど)の類似商品がダイソーで販売される(「パチパチトールくん」という名称、オリジナルに劣らずくだらない)経験について語っている。ちなみに「パチパチトールくん」については、販売される前に連絡があり、ダイソーで販売される前に販売許可を出したので、フライングタイガーのときと違って海賊版として販売されることにはならなかった。

詳しい経緯は、以下にリンクを貼った対談を読んでもらいたい(実に興味深い話なのでぜひとも)が、要約するとこんな経緯のようである。

中国には汕頭というおもちゃの巨大な常設の見本市が集積した都市があり、その周囲には膨大なおもちゃの町工場がある。その見本市には、海賊版、オリジナル版を含め、膨大なおもちゃのサンプルを置いた商社が集まっていて、世界からこの種の安いおもちゃを仕入れようとする人たちが集まり、商談がまとまるとさっそく生産して納品するという段取りになる。そのなかのひとつの商社が、ダイソーに「パチパチトールくん」を売り込み商談がまとまった。ただ、その商社の日本担当の社員が良心的な人で、オリジナル商品があるということを発見して髙橋氏に連絡したという。

驚愕!中国のコピー商品市場 <前編> | 明和電機社長ブログ

驚愕!中国のパチモン市場<中編> | 明和電機社長ブログ

衝撃!中国のパチモン市場<後編> | 明和電機社長ブログ
明和電機の「魚コードUSB」のこのような工場で作られていたのだろう。そして、汕頭では、オリジナルな商品も目指しつつも、大量の海賊版が作られている。フライングタイガーやダイソーといった大規模な小売店のバイヤーが買い付けに来て、オリジナル商品と海賊版がないまぜになって売られていく。これはまさに汕頭発のおもちゃのグローバリゼーションだ。

この汕頭はおもちゃのグローバリゼーションの発信地だが、中国の義烏という都市には、「義烏マーケット」と呼ばれるさらに巨大な日用雑貨の発信地があるという。

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現代の「ものづくり」のメッカ:メイカーと深セン

汕頭、義烏は「安かろう悪かろう」の商品やコピー商品が大量に作られ、売られているようだ。しかし、 日本や韓国の経験を踏まえて考えれば、オリジナルの商品に置き換わっていくだろうし、そのプロセスも急速に進んでいくはずだ。おそらく、現在そのような変化が急速に進んでいるのだろう。

深センでは、電子部品、電子機器において似たような状況にあるという。中国製の電子機器のコピー商品には、外側だけ似せた商品や機能もある程度再現した商品などさまざまのレベルがあるようだ。コピー商品は、オリジナルの研究開発をする時間、費用を節約できるとはいえ、オリジナル商品が発売されてからさほども間もなく販売されるスピードやその安さは驚異的だ。汕頭や義烏が、他の地域に真似できない集積で世界のおもちゃや雑貨生産の中心となっているが、深センも似たような地域になりつつある。

深センでは、最近「創客」(メイカー)と呼ばれる存在が注目を集めているようだ。メイカーとは、ハードウェアのスタートアップのことを指す言葉で、深セン市も振興を進めているようだ。かつての秋葉原大田区の町工場のように、深センの電気街(これも秋葉原ラジオ会館をモデルにしてるという)やコピー商品を作っている小工場からなる「エコシステム」が、メイカーの振興の基礎となっている。

 

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未来都市深セン 

興味深いのは、深センがたんなる電子機器の「ものづくり」の都市ではないことだ。

急速に人口が膨張し、さまざまな課題を抱え、良くも悪くも「レガシー」がない深センでは、新しいテクノロジーが実験場になっているという。また、深センには、画家、というより、画工が集積して、複製画(や、複製画という名の贋作)が大量に作られている絵画村という地域があるそうだ。

イノベーションは必要を母として生じる。日本は「課題先進国」であるけれど、高齢化によって保守化したためか、課題に対応する新しいイノベーションの受け入れに時間がかかる。深センのようにさまざまな課題を抱え、イノベーションがあっという間に普及する場は、世界の中でもイノベーションのインキュベーションの中心になるだろう。

明和電機は中国の工場に「魚コードUSB」を発注しているが、そのうち(もしかしたらすでに存在するかもしれないが)絵画村に絵を発注する画家も出てくるだろう。そして、同じ画工がその贋作を同時に制作し、絵画の真贋の境界があいまいになる例もでてくるのではないか。

今やシリコンバレーではなく、中国のこのような混沌のなかからイノベーションが生まれる時代になりつつあるのだと思う。

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現代グローバリゼーションの最前線から遠ざかる日本

今や日本はグローバリゼーションの最前線からどんどん遠ざかっている。

高齢化による保守化により、良く言えばレトロで落ち着いた、悪く言えば古びていて活気がない国になっている。デフレと円安で物価が安い。しばらく前、リタイアした後、物価が安い海外で老後を過ごすことが話題になったことがある。考えてみれば、今や日本こそ老後を過ごすことに最適な国になりつつあるように思う。

あと10年もすると、中国のリタイアした富裕層が、日本で老後を過ごすことが流行するかもしれない。