帝国と国民国家の戦い

在宅勤務では、会議ではなく作業をしている時は、何か音を流していることが多い。以前は、音楽を聴いていることが多かったが、最近はPodcastを聴く機会が増えてきた。

いくつか気に入っているPodcastができた。そのうちの一つが「COTEN RADIO コテンラジオ オフィシャルサイト」である。このPodcastでは、歴史の専門の研究者ではないが、歴史に強い関心を持っている人が、歴史の特定のテーマについて掘り下げた話をしている。掘り下げ方が相当深いこと、また、この人の歴史観が自分と近いことがあり、興味深く聴いている。

そのなかで、第一次世界大戦をテーマとしたシリーズがある。なぜ第一次世界大戦のような凄惨な総力戦が発生したのかを説明するために、フランス革命ナポレオン戦争から説き起こしている。そこでの説明が以前より自分が考えていたことと一致したので、blogに書いてみようと思った。

 

フランス革命絶対王政が打倒され国民国家が成立した。

国民国家以前は、皇帝や王が国を支配していた。その国に住む人たちは、皇帝や王の支配の対象であるが、その国に主体的に参加している訳ではなかった。国同士の戦争はあったが、それはあくまでも皇帝や王の間での戦争であって、極論するとその国に住む人たちには関係なかった。ある国が負けても、その国に住む人たちから見れば統治者である皇帝や王が入れ替わるだけのことだった。戦争に参加するのは皇帝や王に忠誠を誓う人たちや傭兵で、戦争の規模も皇帝や王の権力の範囲内にとどまっていた。

一方、国民国家では、その国に住む人たちが国民として国に参加し、支配している。戦争は国民自身の戦争になるので、国を挙げての総力戦になる。フランス革命を経て発生したナポレオン戦争では、フランス軍は強かった。それは、フランスは国民国家になったため、士気の高い国民から構成される軍隊を持っていたからだった。

ヨーロッパ諸国の支配者たちは、自らの国の体制が革命で打倒されることを警戒しつつも、今までと同じ体制では国民国家となったフランスに対抗できないと考え、国民国家化が進む。

 

明治維新は、国民国家化が進んだヨーロッパ諸国と対抗するため、日本を国民国家とする試みだったと考えている。

江戸時代、戦争には武士のみが参加し、そのほかの人々にとっては主体的に関わるものではなかった。実際、武士のなかには、武士以外の人たちがヨーロッパ諸国の軍隊に協力するのではないかという不安があったという。これはまさしく日本が国民国家以前の状態だったからだ。

明治維新によって江戸時代の身分制度が解体され、国会を開設し国民の政治参加を進めたのはまさに国民国家を形成するためのものだった。西南戦争で士族の反乱を一般の「国民」によって形成された軍隊で鎮圧したことが象徴的である。その後の日清戦争日露戦争も、国民国家対帝国の戦争で、清、ロシアともに国全体からリソースを調達することはできなかった。

 

ウクライナ侵攻では、事前の想定と比較するとロシアが圧倒的に苦戦していると言われている。この戦争は国民国家であるウクライナと実質的に「皇帝」であるプーチンの戦いで、国民国家と帝国の違いがここまでの戦況をもたらす大きな要因なのだろう。海外の新聞を読むと"Putin's invasion"という表現を使っていることがあるが、これはまさに「皇帝」プーチンの戦争であり、ロシア国民の戦争ではないことを表現している。

日清戦争から第二次世界大戦終結までの期間、日本は中国へ侵略をし続けた。清朝時代は国民意識はなかった。辛亥革命以降、国民党(党名を見よ)を中心として国民意識を根付かせるための努力を行なわれていたが、なかなか国民意識は高まらなかった。皮肉なことに、日本の侵略によって反日という形で中国内に国民意識が形成されるようになっていった。

ウクライナも東部と西部で分裂しているという指摘もあったが、ウクライナ侵攻によって国民に式が確固としたものになったように見える。もちろん、国民意識だけで戦争に勝てる訳ではないので、今回の戦争の帰趨はわからない。

日本の周辺には中国をはじめとして「反日」を契機として国民意識が成立した国がある。今回の戦争がどのような結果になるとしても、ウクライナに「反ロシア」を契機とした強烈な国民意識が成立したことは間違いない。

 

最後にゼレンスキー大統領がアメリカ議会での演説の時、9.11と真珠湾攻撃を並列したことについて書いてみたい。

日本ではこのことを面白く思っていない人がいることは知っているし、その心情はわかる。ただ、客観的な認識として、国際的に真珠湾攻撃がどのように捉えられているかを知ることも重要だと思う。

日本以外の地域では、真珠湾攻撃全体主義国家の自由主義国家への攻撃と捉えられている。そして、第二次世界大戦後は日本は(西)ドイツと並んで全体主義国家から自由主義国家に転換したと。

ゼレンスキー大統領はそれぞれの国ごとに演説の内容を変えている。アメリカでは外敵から本土が直接攻撃されたのは911真珠湾攻撃の二回しかない。だから、自国への侵略について共感を得ようとしたゼレンスキー大統領がこの二つを並列するのは自然なことで、日本以外の国際社会で疑問に感じる人はいないだろう。