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透明な好い心地

夏目漱石の随筆「硝子戸の中」に、旧友について書かれた一節のなかに、こんなことが書いてある。

 私が高等学校にいた頃、比較的親しく交際った友達の中にOという人がいた。その時分から余り多くの朋友を持たなかった私には、自然Oと往来を繁くするような傾向があった。…
 …何度となく彼と議論をした記憶がある私は、遂に彼の怒ったり激したりする顔を見る事が出来ずにしまった。私はそれだけでも充分彼を敬愛に価する長者として認めていた。

 去年上京したついでに久しぶりで私を訪ねてくれた時、取次のものから名刺を受け取った私は、すぐその足で座敷へ行って、いつもの通り客より先に席に着いていた。すると廊下伝に室の入口まで来た彼は、座布団の上にきちんと坐っている私の姿を見るや否や、「いやに澄ましているな」といった。
 その時向の言葉が終るか終らないうちに「うん」という返事が何時か私の口を滑って出てしまった。どうして私の悪口を自分で肯定するようなこの挨拶が、それほど自然に、それほど雑作なく、それほど拘泥わらずに、するすると私の咽喉を滑り越したものだろうか。私はその時透明な好い心地がした。

また、この話の次に、ある不幸な経験についてまとめた文章を漱石に読んでもらいたいと訪問してくる女性の話がでてくる。
漱石は、その女性に会った時、次のように語りかける。

「これは社交ではありません。御互いに体裁の好い事ばかりいい合っていては、何時まで経ったって、啓発されるはずも、利益を受ける訳もないのです。貴方は思い切って正直にならなければ駄目ですよ。…
「これは私の貴方に対する注文ですが、その代わり私の方でもこの私というものを隠しは致しません。…教を受ける人だけが自分を開放する義務を有っていると思うのは間違っています。教える人も己を貴方の前に打ち明けるのです。…
「そういう訳で私はこれから貴方の書いたものを拝見する時に、随分手ひどい事を思い切っていうかも知れませんが、しかし怒ってはいけません。貴方の感情を害するためにいうのではないのですから。その代わり貴方の方でも腑に落ちない所があったらどこまでも切り込んでいらっしゃい。…

漱石のこの気持はよくわかる。
私も「余り多くの朋友を持たな」いけれど、「御互いに体裁の好い事ばかりいい合ってい」る付き合いは、正直に言ってあまりしたくない。「思い切って正直にな」り、「透明な好い心地が」する付き合いをしたいと思う。
当然のことながら、そのような付き合いは簡単にできる訳ではない。そういう関係を作り、維持するには手間と時間がかかるから、必然的に「余り多くの朋友を持」つことはできなくなる。しかし、心を開くことができる人がいるということは、人生最大の喜びのひとつだと思う。
漱石の書簡集を読んでいると「透明な好い心地が」する付き合いをしていた友人、門下がいたことがわかる。その関係は、傍目から見てもうるわしい。しかし、一方で、漱石の家族との関係はこのようなうるわしさとはほど遠かったようだ。
森鴎外の子供たちは、皆、優しかった「パッパ」鴎外との楽しい思い出を書き残している。しかし、漱石の子供たちの文章を読むと、父親とはつらい思い出ばかりだったようだ。精神を病んでいた漱石は、家族に対しては暴君そのものである。
漱石は子供たちが心を開いて彼の胸襟に飛び込んでくることを期待していたのだと思う。しかし、そうならないことに深く失望していた。そして、心を開かない子供たちに暴君として振る舞ってしまう。暴君である父親に対して子供はますます距離を置く。そして、漱石も子供たちも互いに失望を深めていく。
鴎外はやさしいよき父であるが、少々淡白なところがあるように思う。漱石ほどには他人に期待していない気配がある。漱石ほど深い付き合いを他人に求めていないだけ、失望することもなく、他人にやさしくできる。漱石は深い付き合いを求めるだけに、失望するときは深く失望してしまうし、暴君になってしまう。ただ、鴎外の小説、随筆、論説を読んでいると、時として刺々しく、激しい言葉がでてきて驚くこともある。当然のことながら、単純に淡白な人ではなかったようだ。
人間は複雑で矛盾しており、人生は思うようにならないことが多い。

硝子戸の中(うち) (岩波文庫)

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漱石書簡集 (岩波文庫)

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漱石の思い出 (文春文庫)

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父・夏目漱石 (文春文庫)

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父の帽子 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)

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鴎外の子供たち―あとに残されたものの記録 (ちくま文庫)

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