病院へ
さて、昨日の続きを書こう。
腰痛第二日目の朝、父親が痛み止めの薬を持ってきてくれた。脚を触って感覚がなくなっていないか、脚に力が入るか、脚を持ち上げてどこから痛みがでるかを確認した。腰が痛いだけで、脚にはしびれはなかった。いわゆるぎっくり腰だろうというお見立てだった。
このまま家にいても身動きもできず、不便だから、父親とつれあいの二人がいる時に、病院に運び込んで入院してしまおうということになった。家を出てることもままならないから、救急車でも呼ばなければ、病院に行けそうにもないとも思ったが、痛み止めを飲んでから30分ほど経つと、少し痛みが治まってきたので、タクシーを呼ぶことにした。
つれあいが手際よく入院に必要なものをトートバッグに詰める。先月、医療保険にはいったばかりだったから、さっそく役に立つなどと考えていた。タクシーが下に着き、つれあいと父親に左右から抱えられて歩く、というより、ほとんど足を地面に着けずに、宙に浮かんだまま移動していた。そのときはいていたスウェットパンツが、ひもで締めるタイプだったのだけれども、前日の夜、トイレに入ったときにゆるめたままで、立ち上がるとずり下がってきた。しかも、間が悪いことに、そのときはブリーフをはいていない。腰は痛いけれど、そのままスウェットパンツが下がると下半身が丸出しになってしまう、しかし、両手は二人の肩に回しているからスウェットパンツをあげられない。あまりの非常事態に、パンツ、パンツといいながら、笑いが止まらなくなる。笑うと腰に響く、しかし、スウェットパンツが下がりそう、そうなると、ますます笑いが止まらなくなる。
何とかスウェットパンツが落ちきらず、エレベーターに乗り込み、タクシーまでたどり着いて、後部座席に滑り込む。つれあいが荷物を取りに戻っている間、間が持たなくて、運転手の人に、なんだかぎっくり腰になって動けなくなっちゃって、へへ、と愛想を振りまいたけれど、運転手の人は、どう反応していいかわからないような困った顔をしていた。タクシーの中では、加速とブレーキが腰に響く。寝ていると、窓からは空とビルしか見えないけれど、どこを走っているかわかるものだなとぼんやり考えていた。
倒れたとき、いつも思うのだが、病状がいちばん悪いときは病院に行けないのが困る。インフルエンザに罹って、いちばん熱があるときは、病院にいけず、熱が下がり始めて、やっと病院にたどり着くということになる。今回は、たまたま父親が医者だから痛み止めを持ってきてもらうことができたけれど、そうでなければ、入院することもできなかったと思う。
病院に着き、タクシーの脇まで車いすを持ってきてもらい、決死の思いで乗り移る。だんだん、どう身体を動かせば痛みが小さいかが飲み込めて来る。緊急外来まで車いすを押してもらう。緊急外来だからERか、どうせERに担ぎ込まれるのならストレッチャーに乗っていた方がドラマっぽくてよかったなあ、などと考えていると、担当の先生のからベッドにうつぶせになるようにと言われる。これがまた一苦労である。車いすをベッドの脇に寄せ、ベッドの端に座るように移動する。腰を上げるときの上体の角度によって痛みが違うことがわかる。なるべく上体を垂直に保ったまま腰を上げればいいことがわかる。しかし、身体をそのまま垂直に持ち上げるには、腕をうまく使わなければならないし、しっかり手をつく場所がなければならない。動くときは、ここに手をついて、こう足を使い、身体を持ち上げと、いちいちシミュレートをする。
次に、腰のレントゲンを撮る。立って上から背骨に圧力がかかった状態で撮影するという。立ち上がる動作はつらいけれど、真っ直ぐ立った形になると、かえって楽だった。整形外科の外来に行き、足の感覚や痛みの場所を確認したあと、レントゲンを見ながら説明をしてもらう。いちばん下の腰椎が変形をしていて、骨盤に癒着しているのだという。それ自体が直接痛みの原因になっているのではないけれど、上にある腰椎の間隔が広く、腰痛になりやすい体質だという。たしかに、これまでも、疲れてくると腰が痛くなることがあった。四番目と五番目の腰椎の間に痛みがあり、そこが椎間板ヘルニアになっているのではないか、詳しくは、MRIを撮ってから診断したい、まずは、入院をして、痛み止めの点滴をし、痛みを抑えましょうということだった。
渡されたコルセットを着けると、痛みが治まる訳ではないけれど、立ち上がる不安が少し和らいできた。