言葉とイメージ

森博嗣ウェブログ"MORI LOG ACADEMY"の「文系・理系よりも」(http://blog.mf-davinci.com/mori_log/archives/2008/10/post_2173.php)というエントリーをきっかけとして、言葉とイメージの関係について考えた「代数系と幾何系」(id:yagian:20081022:1224655788)、「イメージ・プロセッサー」(id:yagian:20081024:1224819984)というエントリーを書いた。
そのこととは無関係にバーバラ・ミントの「新版考える技術・書く技術」を読んでいたところ、たまたま言葉とイメージの関係についておもしろい記述にぶつかった。
この本は、マッキンゼー出身のバーバラ・ミントが、コンサルタント向けのレポートライティング技法として開発したピラミッド・プリンシプルについて書いたものである。
現在では、ピラミッド・プリンシプルは、コンサルタント業界の標準的な技法になっているから、類書も多く出されている。いままで、類書は読んだことはあったけれど、元祖であるバーバラ・ミントのこの本は長い間積読状態にあった。ようやく本を読む時間を作れるようになったので、この機会に読むことにしてみた。
そのなかで、明確な文章を書く方法として、次のように書かれていた。

 ……概念的にものを考えるときには、常に言葉ではなくイメージを用いるのです。膨大な事実であっても、イメージを描くことで、たったひとつの抽象的な図形に圧縮してしまうことができるのです。……
……
 明確な文章を書くには、自分がこれから述べようとすることをまず「見る」ことから始めなければなりません。イメージをつかんだら、それを言葉にコピーするだけです。読み手は、書かれた言葉から再度イメージを創り出します。読み手にとってみれば、書き手の考えを理解するだけではなく、そうすること自体が楽しいのです。
(pp262-263)

意外なことに、ライティング技法を開発したバーバラ・ミントは、ヴィジュアル的な思考をするイメージ系の人らしい。
おなじイメージ系だという森博嗣も「文系・理系よりも」のなかで、同じようなことを書いている。

小説も、読んでいると、テキスト系のものと、ビジュアル系のものがある。小説自体がテキストなので、ビジュアル系のものもテキストとして読めてしまう。しかし、テキスト系の小説は、僕のようなビジュアル系の人間には展開ができない(ようするに、文章を読んでもすんなり頭に入ってこない)。

記号系である私は、バーバラ・ミントが言うように、概念的にものを考えるとき「常に」イメージを用いるわけではない。図表を落書きしながら考えをまとめることがあるから、イメージをまったく使わないわけではないけれど、思考の主体はイメージよりは言葉であり、言葉が先行して、それをイメージに変換することの方が多い。また、文章を読む時も、そのまま言葉として理解しており、イメージに展開しながら理解しているわけではない。
バーバラ・ミントは、イメージで思考することを推奨しているように見えるが、彼女の手法のポイントは、イメージを中心に発想するというところではなく、言葉とイメージを翻訳するという作業を行うところにあるのだと思う。
彼女の「考える技術・書く技術ワークブック上」の序文に次のように書かれている。

 ……考えを書き表すという作業は、自分が本当に言いたいことは何なのかを明らかにするために考えの構成を紙上で表現してみるという作業の繰り返しであり、頭の中と紙の上を行ったり来たりする反復作業と言えます。
 この反復作業を効率的に行うには、書くという作業を2つの作業レベルに分けて実行することが必要になります。すなわち、考えを明らかにし、関連づけ、論理的に組み立てるという”構造的な作業”を、最終的な文章表現をどうするかという”スタイル的な作業”から切り離すことです。
(p3)

その発想を明確にするためには、紙上と頭の中の往復の反復作業と同時に、言葉とイメージの間で往復させることが有効なのだと思う。バーバラ・ミントは、”構造的な作業”を言葉ではなく、ピラミッド・ストラクチャーという図を使って行うことを推奨している。そのことで、文章を書く時に、言葉だけを使うのではなく、いったん図というものに翻訳、経由することになる。そのことが、発想を明確にする上で重要なのだと思う。
記号系の人は最初の発想は言葉で浮かび、イメージ系の人はイメージで浮かぶ。言葉で浮かんだ思考をイメージに翻訳し、イメージで浮かんだ思考を言葉に翻訳することがポイントである。
似たことは、異なる言語の間の翻訳にも起こる。自分の書いた日本語の文章を英語に翻訳しようとする時、論理的に明確ではない箇所は訳すことが難しい。そのことで、原文の問題点に気がつくことができる。同じように、言葉で発想したにせよ、イメージで発想したにせよ、それを別の形態に翻訳するときに、明確ではないところに気がつくことができる。

考える技術・書く技術―問題解決力を伸ばすピラミッド原則

考える技術・書く技術―問題解決力を伸ばすピラミッド原則

考える技術・書く技術 ワークブック〈上〉

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