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「騎士団長殺し」の既視感

1Q84」の挑戦

騎士団長殺し」の前作の「1Q84」は失敗作かもしれないが、村上春樹の世界を広げるターニングポイントとなる作品だと思っている。

アンダーグラウンド」「約束された場所で」で、オウム事件の被害者、オウム真理教信者へのインタビューを重ね、10年以上の時間をかけて村上春樹としてオウム事件の回答として「1Q84」が書かれたのだと思う。率直に言って、村上春樹の回答についてまだよく理解できず、腑に落ちていないところもあるけれど、難問に対して格闘しているということはよくわかる。

1Q84」のbook1とbook2では、青豆と天吾という二人の主人公の視点から書かれた章が交互に並んでいる。book3では、これまでの村上春樹の小説ではあまり重きをもって取り上げられてこなかった牛河という人物の視点からの章が加えられている。

1Q84」の次回作としての「騎士団長殺し」には、次のような期待をしていた。

カタルーニャ国際賞の受賞スピーチで取り上げられた東日本大震災福島第一原子力発電所事故に関する村上春樹としての回答となる長編小説が書かれるのではないか(ただし、まだ時間が足りないから次々回作かもしれない)、村上春樹が年齢を重ねるとともに牛河のような新しい人物像、特に、老人の内面が書かれるようになるのではないか。

1Q84 BOOK1-3 文庫 全6巻 完結セット (新潮文庫)

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アンダーグラウンド (講談社文庫)

アンダーグラウンド (講談社文庫)

 

 

約束された場所で―underground 2 (文春文庫)

約束された場所で―underground 2 (文春文庫)

 

 「騎士団長殺し」の既視感

もちろんそのような期待は、私の勝手なものだから、村上春樹自身にはまったく関係はない。「騎士団長殺し」は「1Q84」の延長線上にはなく、より昔の村上春樹作品に回帰したようなだ。

一人称で、謎めいた依頼人がやってくるハードボイルド小説の構成を使っている点は「ねじまき鳥」のようだ。登場人物も「1Q84」の牛河や「海辺のカフカ」のナカタさんや星野くんのような意外性はなく、これまでの小説から似たようなキャラクターが探し出せる。井戸や壁抜けというモチーフも、悪い言い方をすれば手垢がついている。村上春樹の古いファンには安心できるかもしれない。

しかも、主人公が振るわざるをえない暴力やくぐり抜ける試練も、「ねじまき鳥クロニクル」に比べると切実感に欠けるような印象もある。「ねじまき鳥クロニクル」でバットを使う場面は読んでいる自分の手にも感触が伝わるような生々しさがあったが、「騎士団長殺し」の殺しの場面はあっさりした印象である。

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

 

 

騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編

騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編

 

 

ねじまき鳥クロニクル 全3巻 完結セット (新潮文庫)

ねじまき鳥クロニクル 全3巻 完結セット (新潮文庫)

 

 「小説を書く」プロセスに関するメタ小説と「白いスバル・フォレスターの男」

それでは「騎士団長殺し」のテーマはなんだろうか。

この小説の主人公は画家で、彼が雨田具彦の絵を見ることをきっかけとして、さまざまなできごとに遭遇しながら何枚かの絵を描く。あるものは完成し、あるものは描きかけのままになる。

この物語は全体として、何かを創作するプロセスを意味していて、村上春樹にとっては小説を書くプロセスのメタファーなのではないだろうか。つまり小説を書くことに関して書かれたメタ小説なのだと思う。

この小説のなかに次のような一節がある。

優れたメタファーはすべてのものごとの中に、隠された可能性の川筋を浮かび上がらせることができます。優れた詩人がひとつの光景の中に、もう一つの別の新たな後継を鮮やかに浮かび上がらせるのと同じように。

 今はまだ完成していない「白いスバル・フォレスターの男」の絵は、東日本大震災に関する、今はまだ書けないけれど、これから書かれるべき村上春樹の小説を表しているのではないだろうか。

参考:「騎士団長殺し」の登場人物と過去の小説との対応(私見ですが) 

私:岡田亨「ねじまき鳥クロニクル

柚:クミコねじまき鳥クロニクル

免色 渉:五反田くん「ダンス・ダンス・ダンス

秋川 まりえ:ユキ「ダンス・ダンス・ダンス

絵画教室の生徒の女:安田恭子「1Q84

イデア(騎士団長):カーネル・サンダース海辺のカフカ

白いスバル・フォレスターの男:ジョニー・ウォーカー海辺のカフカ