最近、仕事の勉強のためにMBA関係の教科書を読んでいる。レヴィ=ストロースやロラン・バルトの難解な文章を読んだ後にMBAの本を読むと、読みやすさにほっとしつつも、こんなにさらさらと理解できてしまうのもどこかに問題があるかもしれないとも思わないでもない。
原田勉「MBA戦略立案トレーニング」という本に次のような記述があった。
実は、複雑な現象に対しても、単純に物事を考えることこそがその本質に到達する鍵となる。ここで重要なのは、単純に考えるための工夫を凝らすことだ。複雑なことを複雑に考えてしまうと、よほどの経営才覚を持った人でなければ、誤った解にしか到達できない。分析手法とは、実は単純に考えるための道具にすぎないのだ。(p23)
複雑な現象を単純化することで本質に到達できると述べているが、本当だろうか。複雑な現象は単純ではないから複雑なのではないだろうか。
複雑さに関連して「野生の思考」に次のような記述がある。
知識が集積すればするほど、全体の構図は不明確となる。なぜならば、次元の数が多くなり座標軸の増加が一定の限界を越えると、直感的方法は麻痺してしまうからである。三次元ないし四次元を越える連続体を頭に描かなくてはならなくなると、人間はもはや体系を想像できなくなる。(p105)
レヴィ=ストロースは頭がいい。だから四次元の連続体を想像できるのかもしれないが、普通の人間の理解の限界は三次元である。
MBAの分析フレームワークは、二次元か三次元のチャートに結果を集約するようにできている。それは、単純化によって本質を追究するためではなく、そのチャートを理解する人間の理解力の限界によっているのだと思う。
その意味で、「分析手法とは、実は単純に考えるための道具にすぎない」という説は正しい。だから、安易な情報の集約を避けるレヴィ=ストロースに比べ、MBAの教科書ははるかに理解しやすい。ただし、分析による単純化によって理解しやすくなったからといって、本質に到達できるという保証はない。
MBAの単純化に基礎を置く手法の危険性を感じさせる記述が「MBA戦略立案トレーニング」にあった。
実は戦略を立案することは案外、簡単なことが多い。戦術の立案こそ難しい場合が多いのだ。資源配分は、それなりにトレーニングを積めば合理的に実行することができるようになる。しかし、与えられた資源を効果的に運用するには、実は大いに知恵が要求される。(p21)
戦略を立案することは簡単だろうか。MBAの分析フレームワークにもとづいてチャートを作成し、それを見て「戦略」を立案するのはたしかに簡単である。しかし、分析過程で見落とされたかもしれない情報も吟味して戦略を立案することが簡単なはずはない。
ミンツバーグは「MBAが会社を滅ぼす」のなかで、分析テクニック至上主義のMBA教育の問題点を次のように指摘している。
具体的文脈と切り離されたテクニックは役に立たないということだ。個別の事情に合わせて修正を加えなければテクニックは現場で使い物にならない。……具体的状況をしっかり把握した人がしかるべき修正を加えて使えば、マネジメントのテクニックは是津内な効果を発揮することもある。しかし、具体的な文脈を離れて一般論の形でテクニックを教えるのでは、「道具至上主義」を助長しかねない。(p58)
戦略立案を「案外、簡単」と書くこの筆者は、「道具至上主義」に陥っていると言えるだろう。
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