漱石の現代性
軽い読み物が読みたくなって、本屋でふと目に入った夏目房之介の「孫が読む漱石」を買った。
そのなかにこんな一節があった。
若い頃から、読んだというほど漱石を読んでいない僕が、何度も読み返す作品がいくつかある。
『夢十夜』『硝子戸の中』、そして『私の個人主義』である。
いずれも短いからというだけでなく、好きな本だ。
私もこの三作は大好きでたまに読み返している。
漱石の本格的な長編小説もいいけれど、短編では「文鳥」も印象深いし、随筆の「思い出すことなど」も好きだ。講演録では「道楽と職業」は今読んでも古さを感じない。
夏目房之介は次のようにも書いている。
自分のような神経質で自己意識の強い偏屈な人間が、刺激とストレスの強い現代社会をできるだけ面白く生き楽に死んでいくことが、どうしたらできるだろうかと。
この課題は多分僕だけのものではない。安定した規範を自ら壊してしまった団塊世代、現代五十代の人々には、おそらく同様の困難がある。
現代は、ある意味で、みんなが小さな漱石(自意識を病む神経症)だったりする。
小漱石の一人である孫は、この国の近代化の果て、戦後社会の課題を背負って、近代百年の生んだ正と負をつくづく考えたりするのであった。
漱石は日本の近代化の最先端を生きた人だった。そして、百年経て、ようやく一般人が漱石の立っていた位置にたどり着いて、小漱石になった。もちろん、私自身も小漱石の一員である。
漱石の作品の中で、特に初期の作品は文体が古く、いささか読みづらい。しかし、講演録は話し言葉で書かれているから、文体の古さはあまり感じないし、内容は、現代の小漱石たちにとって切実な問題を語っている。お勧めである。
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