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イギリスと日本―マルサスの罠から近代への跳躍

イギリスと日本―マルサスの罠から近代への跳躍

「イギリスと日本」は、イギリスと日本が近代化に成功した要因を、歴史人口学の観点から追求した本である。
アメリカやイギリスの人文系の学者には長大な本を書く人がよくいるが、この本も450ページに小さな活字が二段組でびっちりと詰め込まれている。論理展開は明快だから論旨だけを追えば新書版にまとめられると思う。しかし、近代化という複雑な事象の要因について、論旨だけを示したのでは説得力に欠ける。自身の理論を支持する膨大な事実を提示することで説得力を高めている。
こういった大部の本を読むのはあんがい好きだ。事例を読んでいると、著者の意図とは別にさまざまな連想が広がって楽しめる。下手な解釈より、事実を提示してもらうほうが興味深い(といいながら、このウェブログでは下手な解釈ばかりをしているけれど)。
この本のなかで、イギリスと日本が前近代において死亡率を下げる文化、習慣があったことが示されている。「8 飲み物―ミルク、水、ビール、お茶」の中では、前近代では汚染されたミルクや水が感染症の流行の大きな原因になっていたが、イギリスではビール、日本ではお茶が普及しており、生水を飲まない習慣が感染症を防ぐ上で役になっていたことが示されている。
たしかに、殺菌と冷蔵庫が普及する以前のミルクは、危険な飲み物だっただろう。乳牛や牛舎は、どんなに掃除をしたとしても雑菌だらけだし、栄養豊かなミルクは細菌が繁殖するのに最適な環境だ。実際、前近代においては、ミルクを直接飲むよりも、バターやチーズの原料として使われることが一般的だったという。
それを読みながら、インドのミルクティ、チャイの作り方が腑に落ちた。チャイは沸騰したミルクに茶葉を入れ煮出すのである。沸騰させてしまうとミルクの風味が飛んでしまうから不思議に思っていた。おそらく、衛生状態があまりよくないところでミルクティを飲むには、ミルクを沸騰させることで消毒しているのだろう。そう考えれば理にかなっている。
小さいことだけれども、ちょとしたことの謎が解けるのがうれしい。