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40歳代から50歳代へ

最近はblogから離れていたけれど、久しぶりに書いてみようという気持ちになった。以前のように毎日書くということはないけれど、週に1回ぐらい更新できればよいかな、と思う。
しばらく前、「夏目漱石記念施設整備基金」(http://www.city.shinjuku.lg.jp/kanko/bunka02_0010501.html)に寄付をした。忘れかけた頃に、領収書とパンフレットが送られてきた。
漱石が亡くなった家(漱石山房)の跡地に新宿区が記念館(仮称「漱石山房」記念館)を建設する計画があり、寄付金を募っている。ウェブサイトに「漱石生誕150周年にあたる平成29年(2017)9月の開館をめざし」と書いてあるが、本来は漱石没後100周年の今年の開館をめざしていたが、寄付金の集まりが悪いなどの理由で遅延したのではないだろうか。
漱石は1867年に生まれ、1916年に亡くなっている。私は漱石が生まれたちょうど100年後の1967年に生まれた。折にふれて100年前の今頃漱石は何をしていたのだろうかと考えることがある。
自分と同じ年頃の漱石は、ロンドンに留学して暗い気持ちで部屋に閉じこもって本を読みふけっていたんだな、とか、「猫」を書いて小説家としてデビューしたんだ、とか、そろそろ「それから」を書く頃だ、とか。そして、今は「明暗」執筆していて、死期が迫ってきている。
漱石の書いたものを読んでいると、彼が時代をはるかに先取りをしいて、まるで現代人ようだと感じる。そして、自分は100年遅れでようやく漱石の感覚に追いついている、だから彼に共感することができる。
「明暗」の津田とお延の関係を見ていると、現代のどこにでもいるような夫婦のすれ違い方をしていて、とても100年前に書かれた小説とは思えない。逆に言えば、100年前の当時、どれだけの人がこの小説を理解できたのか疑問に思う。
幕末から明治の「偉人」たちの話を読むと、現代と比べるとはるかに早熟な人が多いと感じる。しかし、漱石は才能はあるけれど、モラトリアム期間が長く、それも現代的である。小説家として活動したのはほぼ40歳代の10年間に限られている。人生に迷っていた時期に溜めたものを一気に吐き出して49歳で亡くなった。
49歳になった今、自分の40歳代を振り返ってみると、心身ともに調子が悪く、辛く、思うようにならないことが多い10年間だった。
夏休みの海外旅行に備えてパスポートをチェックすると、有効期限が来年になっていた。つまり、このパスポートを取得したのは9年前ということだ。手続きのためにパスポートセンターに行った時のことはよく覚えている。調子がどん底で、家から歩いて15分ほどのパスポートセンターにたどり着くのでやっとの思いだった。パスポートの証明写真もまるで生気のない表情をしている。
それから立ち直るまでにはずいぶん時間がかかったけれど、今は40歳代でいちばん調子がいい。50歳代を元気に過ごすため、身体を鍛え、安定した生活習慣を作り、語学を学んでいる。
漱石は40歳代の10年間に花開き、それまでの人生の蓄積を社会に還元して、そして、亡くなった。
私の40歳代は受け取るばかりで与えることができなかったけれど、50歳代には少しは社会に還元できるようになると期待している。漱石ほど多くを還元することはできないとしても。

吾輩は猫である (岩波文庫)

吾輩は猫である (岩波文庫)

それから (岩波文庫)

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明暗 (岩波文庫)

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