ホモ・ソーシャルな財務省とWWEのZero Tolerance Policy

ホモ・ソーシャルな財務省

福田財務省事務次官のセクハラ問題については、いろいろな論点があるだろうし、さまざまな人が語ってもいるのだろう。

私の感想は、ノーパンしゃぶしゃぶ問題で大蔵省が解体されて財務省になったけれど、相変わらずホモ・ソーシャルな組織文化は継続していたのか、ということである。

ノーパンしゃぶしゃぶ問題のとき思ったのは、接待される大蔵省の人も、接待する銀行の人も、みながみなこういうお店に行きたいと思っているわけではなかろう、ということだった。おそらく、下世話なことを共有する「共犯関係」になることで関係を強固にするというホモ・ソーシャルな世界があったのだろう。

福田次官のセクシャル・ハラスメントを眺めると、相も変わらず同じようなホモ・ソーシャルな世界が継続していて、その世界のなかの感覚で他人に対して接しているように見える。大蔵省時代は本当に関係者は男性しかいないという状況だったのだろうけれど、最近はその関係者のなかに女性もおり、セクシャル・ハラスメントになったのだろう。

問題発覚後の財務省の対応を見ると、省内にセクシャル・ハラスメント防止の制度がないか、あっても形骸化していたとしか思えない。本気でホモ・ソーシャルな組織文化を変えようとしなければ、同じようなセクシャル・ハラスメントの問題は次々と発生するだろう。

www.asahi.com

WEEのZero Tolerance Policy

さて、そのような財務省と比較するのが適切かわからないけれど、組織としてのセクシャル・ハラスメントへの対応事例をひとつ挙げておきたい。

アメリカのプロレス団体WWEでは、家庭内暴力やセクシャル・ハラスメントに"Zero Tolerance Policy"を採用している。

具体的には、家庭内暴力やセクシャル・ハラスメントが疑われるような情報が公になった時点で出場停止とする。さらに、証拠付けられた段階で即刻解雇、逆に無実が明らかになれば復帰するという方針である。

実際に、この方針にしたがって出場停止や解雇になったレスラー(WWE用語でいえばスーパースター)がいる。

hubpages.com

www.sbnation.com

今の自分の職場が財務省ほどホモ・ソーシャルではない(まったくそういう傾向がないとは言えないが)ことにはほっとする。また、自分はとてもじゃないが、財務省のような職場では働けないなと思う(もちろん、向こうも私を雇おうと思う可能性はゼロだけども)。

花粉とヤクに支配される

花粉に支配される

今週は花粉症でひどい目にあった。

先週から花粉症の症状が徐々に激しくなり、週末は家を出ないほうがいいだろうと思うレベルになった。週が開け、月曜日の朝、鼻が詰まり、睡眠中口呼吸をしたせいか喉がカラカラで、咳が止まらず、目も痒く、頭痛がした。一言でいう、とても具合が悪くなった。

花粉症の薬は飲んでいたけれど、効き目が足りないと思い、月曜日の午前中会社の近くのクリニックに行って、いつもの薬より一段階強力な抗アレルギー剤を処方してもらった。

翌日の火曜日、喉の炎症が悪化し、本格的に熱発して起き上がれなくなった。もともと慢性扁桃炎だったので喉は弱い。扁桃腺は手術で切除しているが、花粉症のアレルギーの症状が喉に出る。しかし、アレルギーが原因で本格的に熱発したのははじめてだった。

まったくもって、花粉に支配されている。

ヤクに支配される

水曜日は、新しい花粉症の薬の効果もあり、鼻づまりなどはかなり改善した。あわせてロキソニンも飲んで、頭痛と発熱も抑えることができた。

新しい花粉症の薬を処方してもらう時、先生に効果と同時に副作用もレベルアップしますか、と質問した。答えは、人による、ということだった。私の場合、やはり副作用もレベルアップして、特に午前中は花粉症の薬の副作用が抜けず、眠気が抜けない。

アメリカで鎮痛剤の中毒が社会問題化しているというが、ロキソニンを飲んでいると、そういうこともあるのだろう、と思う。具合が悪い時、ロキソニンを飲んでしばらく経つと、薬が効いてきたのが感じられて、気分が良くなる。しかし、そのうち薬効が切れてふたたび具合が悪くなる。そうすると、またロキソニンを飲み、気分が良くなり、というサイクルを繰り返すことになる。

上にも書いたが、以前、扁桃腺を切除をする手術を受けたことがある。術後しばらくの間は喉の痛みが続く。それを抑えるためにロキソニンを飲んでいた。ロキソニンを飲むには5時間は間隔をあけるようにと言われる。しかし、薬効は5時間続かず、痛みがぶり返す。入院中は、時計を眺めながら、早く5時間経って、ナースコールを押してロキソニンをもらえる時間にならないか、じりじりしながら待っていた。

まったくもってヤクに支配されている。

これは公害

そんなわけで、今週は具合が悪いかラリっているかを交互に繰り返していた。

それにしても、花粉症は明らかに公害だ。林業家や農林水産省はこんな事態を引き起こすとは予想できなかっただろうけれど、公害企業だって公害を引き起こすと予想していたとは限らない。

杉とヒノキはどんどん切り出して、その跡地には杉とヒノキを植えるのは禁止して欲しい。

世界史のなかの日本史:16世紀のグローバリゼーション

東洋文庫東インド会社とアジアの海賊」

先日、東洋文庫ミュージアムで開催されている「ハワイと南の島々」展を見に行った。

展示 - 東洋文庫ミュージアム INFO

そのとき、ミュージアムショップで気になった本「東インド会社とアジアの海賊」を衝動買いしたのだが、これが非常におもしろかった。

東インド会社とアジアの海賊

東インド会社とアジアの海賊

 

東洋文庫ミュージアムが改装されたあと最初の展覧会「東インド会社とアジアの海賊」を記念して開催されたシンポジウムの内容を書籍したものだという。16 ~17世紀のアジアにおける海賊を中心とした歴史を扱ったアンソロジーである。これまでも、オランダ東インド会社、イギリス東インド会社倭寇、東南アジアの交易、大航海時代などのテーマの本を読んできたけれど、この本ではじめて知る事実も多く、刺激的だった。

世界史のなかの日本史:グローバリゼーションの結果としての天下統一

古代から日本列島で展開されてきた歴史は、海外との関係に大きく影響され、さらに言えば、東アジアから地球全体に広がる関係の網目の一部を構成している。このことはわざわざ言うまでもないほど自明なことだと思うけれど、「日本史」を扱うとき、海外との関係が十分目が行き届かないことが多い。

例えば、戦国時代に天下統一が進む契機のひとつとして、鉄砲伝来がある。鉄砲によって戦国時代の戦争のあり方が大きく変化し、戦闘に決着がつきやすくなった。そう考えれば、日本の天下統一はグローバリゼーションの一部に位置づけられるできごとである。

ハワイにキャプテン・クックが来航したとき、ハワイ諸島は四人の君主が並立していたという。その後、カメハメハ一世は、鉄砲などの西洋のテクノロジーや西洋人の顧問を活用して西洋の戦闘法を取り入れることによって、ハワイ諸島を統一し、ハワイ王国を建国した。

グローバリゼーションという観点から見れば、日本の戦国時代の天下統一とカメハメハ一世のハワイ王国建国は、西洋との接触を契機とした国の統一、集権化という事例として比較することができる。

鉄砲伝来の背後にあるもの

鉄砲伝来を日本の側からだけ見ると、突如としてポルトガル船が漂着し、鉄砲という新しいテクノロジーが偶然伝えられたかのように見える。この本で紹介されている後期倭寇頭目、王直の生涯を見ると、それほど単純なできごとではないようだ。

ポルトガル船が種子島に漂着したのは、1542年か43年のできごとと言われている。この船に五峯と呼ばれる中国人が乗船していたという記録がある。この五峯という名は、王直の別名だという。

一方、王直は、浙江省舟山諸島を拠点に活動していたが、明による取締の強化に対応して、1540年に五島列島、1543年に平戸に拠点を移している。

ここからは私の想像になる。王直は鉄砲を積載したポルトガル船に乗っていた。彼は日本と往来しており、コネクションもある。ポルトガル船は種子島に漂着したが、明らかに王直を案内人として日本との交易を目指していたのだろう。

一方、日本側、例えば、王直に拠点を提供した松浦氏は、当然、王直を経由してポルトガルや鉄砲の情報を得ていただろう。王直が乗ったポルトガル船の目的地が五島や平戸だった可能性もあるだろう。実際、1550年にはポルトガル船が平戸に来航し、ポルトガル商館が設置される。

ハワイへのキャプテン・クックの来航は偶然の要素が大きい。しかし、ポルトガル船の来航は、種子島に漂着したことは偶然だったかもしれないが、かなり計画的であり、また、来航以前にも間接的な交流はあったのではないかと想像する。そんなふうに考えると、鉄砲伝来の様相もかなり違ったものに見えてくる。

フェートン号の目的はなにか

この本で新しく知ったことに、フェートン号来航の目的があった。

日本史でフェートン号事件を見ると、突然長崎にイギリス船フェートン号が現れ、オランダ船を襲い、風のように去っていった、という印象を持つ。

フェートン号事件は1808年に発生している。この時期、ヨーロッパではナポレオン戦争が起きていた。この当時、フランスとフランスに占領されていたオランダは、イギリスとその同盟国であるポルトガルと対立していた。フェートン号事件は、東アジアにおけるオランダの拠点を、敵国であるイギリスが襲撃したものだった。

さらに、フェートン号の最終的な目的はオランダの襲撃ではなかったという。イギリスとポルトガルは同盟国だったから、東アジアにおけるポルトガルの拠点、マカオにはイギリス東インド会社の商館が置かれていた。 しかし、イギリスとポルトガルの関係も蜜月というわけではなく、オランダによってマカオが襲撃される可能性があるという口実のもと、イギリスがマカオを保護占領することを狙っており、フェートン号はそのためにイギリス東インド会社の要請でマカオに向かっていた。長崎での事件はその途中に立ち寄ったもので、だから比較的あっさり、風のように去っていたということらしい。

この事件もそのような当時の東アジアを中心とした国際関係をふまえてみるとまた様相が異なって見える。

これからもグローバリゼーションの歴史を追っていきたい。

 

なぜトレーニングは苦しいか

なぜトレーニングは苦しいのか

最近、定期的にジムに通ってウェイトトレーニングをしている。

ウェイトトレーニングによって次のようなステップを経て筋肉量が増大するらしい。

  • 一定以上の負荷(負荷の量についてはいくつかの説があるらしい)をかけたウェイトトレーニングを行う
  • トレーニングによって筋肉組織が破壊される
  • 筋肉組織が回復する時、回復前に比べより大きな筋肉になる(「超回復」という)
  • このサイクルを繰り返す

最初のステップ「一定以上の負荷をかけたウェイトトレーニング」は、正直言って苦しい。しかし、苦しいぐらいの負荷をかけないと「超回復」のサイクルに入れないらしい。

私の場合は、健康維持のためのトレーニングだから、ほどほどに成果があればよいけれど、それでも苦しい思いのするのだったらそれ相応の効果がほしいと思う。アスリートであれば、よりその思いは強いだろう。そう考えると、彼らに対して、トレーニングの効果を増大させるドーピングの誘惑は強力なんだろうなと想像する。

しかし、考えてみれば、なぜ、筋肉を増大させるためにわざわざ苦しい思いをしなければならないのだろうか。子供から大人に成長するときは、別にトレーニングをしなくても自然に身体は大きくなる。苦しまずに筋肉を増大させる(ドーピングは別として)健康的な方法はないのだろうか。

採集狩猟生活に適応した身体

以前、ダイエットに関するエントリーを書いた。その時、現代人の身体はまだ採集狩猟生活に適応しており、農耕開始以降の生活と身体の齟齬の結果が肥満である、という考え方に基づいてダイエットを考えてみた。ウェイトトレーニングも同じ考えが当てはまるように思う。

yagian.hatenablog.com採集狩猟生活において、食料の入手は不安定であり、食料の保存技術も未発達だったから、飢餓状態への対応が非常に重要になる。そのため、食料があるときには、その時の必要量以上を摂取するような食欲がわき、過剰なカロリーは脂肪の形で蓄えられ、飢餓に備える。農耕生活では安定してカロリーを摂取できるようになったため、本能に従って食欲のままに食事を摂ると過剰な脂肪が蓄積される、つまり肥満になる。

ダイエットのためには、摂取カロリーを制限したり、有酸素運動でカロリーを消費するだけではなく、筋肉を増やすことが有効だと言われている。筋肉量を増やせば、平常時の代謝が高まり、それだけカロリーが消費されるようになる。

このことを採集狩猟生活の観点から見ると、過剰な筋肉は飢餓への耐性を下げる危険があるということだ。だから、採集狩猟生活を生き抜くためには、筋肉は必要最小限にしておくことが適応的である。

必要な筋肉をつけ、不要な筋肉を削ぎ落とすために、人間の身体は、高頻度で強度が高い負荷がかかる運動をした筋肉は大きくし、運動をしていない筋肉は衰えるようにプログラムされているのだと思う。採集狩猟生活において、筋肉はかなりの贅沢品だ。だから、それを大きくするためには苦しいほどのトレーニングが必要になる。

そう考えると、もし人間の自然なメカニズムにしたがって筋肉を大きくしようとすると、苦しいトレーニングは不可避のように思える。

暗記と記憶総量の制限

同じようなメカニズムは暗記にもあるように思う。

今、語学の学習でボキャブラリーを増やすために、単語の暗記をしている。しかし、単語の記憶を定着させるためには、繰り返しのトレーニングや実際にその単語を使う体験をする、といったことが必要だ。ウェイトトレーニングの苦しさに似ている。

人間は、必要なことは記憶するが、不要なことはなるべく記憶しないようにプログラムされているのではないだろうか。

映画「レインマン」で取り上げられていたサヴァン症候群の人を見ていると、人間の脳の生理的な限界、という意味では、いまよりはるかに大量の記憶はできるように見える。しかし、大量に記憶をしてしまうサヴァン症候群の人は、社会生活を営むことが難しい。つまり、サヴァン症候群ではない一般の人は、脳の生理的な限界の手前で記憶料を制限するメカニズムが働くことで、社会生活を容易にしているのではないか。

必要な記憶と不要な記憶を選別するメカニズムとして、繰り返し触れることがらが記憶に定着する。人間が必要な筋肉を選別するメカニズムを利用する形でウェイトトレーニングの方法があるように、記憶を選別するメカニズムを利用して暗記という行為があるのだろう。

結局、筋肉を大きくすることも、単語を暗記することも、一定程度の苦痛が必要になる、という結論に至ってしまった。

おすすめPodcast:"The Indicator"と"5 Things"

おすすめPodcast:短いもの

以前もお気に入りのPodcastを紹介したことがある。また、最近、新たに聞き始めて気に入っているPodcastがあるので改めて紹介したい。

yagian.hatenablog.com

Podcastの魅力のひとつとして、時間制約がゆるいということがある。ラジオの番組だったら不可能な長時間のインタビューをそのまま放送したり、ひとつのテーマをじっくりと掘り下げることが可能になる。

しかし、長時間のインタビューを聴いている時間がないこともある。長時間の番組だと繰り返し聴いて細かいところまで理解するということが難しく、どうしても聞き流して大意をつかむということになる。

Podcast作成者側もそのことに気が付き始めたのか、長時間の番組のスピンオフとして、短い番組を提供するという例が現れてきた。最近は、そうした短いPodcastを聴く聴く機会が増えている。もちろん、英語のPodcastを聞き慣れていない人にとっても、短い番組のほうが敷居が低いだろう。

 "The Indicator" by NPR

上記のブログで紹介した"Planet Money"のスピンオフ企画で"The Indicator"という番組が始まった。

www.npr.org

”Planet Money”は30分弱ぐらいの長さで、経済に関わる特定のテーマを掘り下げたレポートをする番組である。切り口がユニークで興味深い。

"The Indicator"は、毎回ひとつの指標、数値を取り上げて、それについて10分以内、6~7分にまとめる番組である。"Planet Money"のような着眼点のユニークさはあるし、より時事的な内容になっている。例えば、雇用者数の統計が発表されたときは、すかさずその数値をテーマとした番組になる。

www.npr.org

コンパクトな分、結論も明確に示され、よりわかりやすい内容になっている。7分ぐらいだったら集中力も続く。

"5 Things" by USA Today

”5 Things”は、前日のニュースのなかで知るべき5つの事柄を5分以内に紹介する、というコンセプトの番組。実際、4分を切るぐらい短いことが多い。USA Todayが製作しているので、冗長さはなく平易でシンプルなため、ノン・ネイティブにとってはありがたい。

アメリカのごく普通の人がごく普通に興味を持つテーマが分かり、その意味でもなかなか興味深い。

art19.com

 

世の中には嘘をつく人と嘘をつかない人という二種類の人間がいる:ドナルド・トランプ、レックス・ティラーソン、財務省

嘘をつく人(ドナルド・トランプ)、嘘をつかない人(レックス・ティラーソン)

レックス・ティラーソン国務長官トランプ大統領に解任された。

もともと考え方の差も大きかっただろうし、ティラーソン元国務長官トランプ大統領に対してあまり忠誠心あるようには見えなかった。トランプ大統領としては、北朝鮮問題で目立つ「手柄」を上げたいと考えているのだろうし、ティラーソン元国務長官はその助力をしたいとは考えていなかったのだろう。だから、このタイミングで解任したのだと思う。トランプ大統領は、スタッフを解任することになんの躊躇がない。

私が興味を感じたのは、トランプ大統領との不和の原因のひとつとなったとされるティラーソン元国務長官の記者会見だ。ティラーソン元国務長官は、トランプ大統領をプライベートな場で「間抜け」呼ばわりをしたという疑惑に対して、話をそらして否定することはしなかった。ティラーソン元国務長官は、実際に「間抜け」呼ばわりをしていたのだろう。

おそらく、トランプ大統領やその同類の人が同じ立場にあれば、躊躇なく「間抜け」呼ばわりなどしていない、と否定したに違いない。彼らは嘘をつくことに抵抗感がないし、嘘をつかないことで大統領への忠誠心を疑われるような選択をすることが賢い行為だとは思っていないだろう。

一方、ティラーソン元国務長官は、トランプ大統領との関係がより悪化することを知りながら、嘘をつかないことを選択した。

世の中には嘘をつく人と嘘をつかない人という二種類の人間がいる。

財務省はなぜ文書の改竄、書き換えをしなければならなかったのか

森友学園への国有地売却を巡る決裁文書」の改竄、書き換えについて、マスコミ、ネットではさまざまな報道、コメントが飛び交っている。それらのなかに、私の興味に応えてくれる情報、解釈がないことにフラストレーションを感じている。

私の興味は、なぜ、改竄、書き換えをしなければならないような決裁文書が書かれたのか、という問題である。改竄、書き換え前の文書には、安倍昭恵夫人や政治家の名前が並べられているが、それらの名前がなければ決裁文書として成立しないかと言えば、必ずしもそうとも言えないようにも見える。もし、流出すれば危険そうに見える文書が、私的なメモではなく、わざわざ決裁文書として起案され、承認を得たのだろうか。

以下は、私個人のまったくの想像である。

森友学園への国有地売却について、財務省内部で特別な説明を要する特殊異例な配慮があった、ということなのだろう。この売却の決裁を財務省内部で通すためには、さまざまな政治家が関与したという経緯を示す必要があった。そして、そのときは、この文書が外部に流出することはまったく想定していなかった。

森友学園への国有地売却が国会で取り上げられ、問題視されるようになると、この文書の存在がいかにも危険なものになる。佐川元理財局長の国会での答弁とも矛盾をきたす。その結果、佐川元理財局長の国会での答弁に合致させるような形に改竄、書き換えをしたということなのだろう。

国有財産売却に関して、この種の特殊異例なケースというのはどのくらいあるのだろうか?たまたま森友学園は注目を集めたが、これが唯一の事例とは思えない。そうであれば、注目を集めていないけれども極めて危険な国有財産売却に関する決裁文書が他にもあるのではないだろうか。もしかしたら、問題化する前に組織的に改竄、書き換えがなされているかもしれない。

なぜ嘘をつかない人は嘘をつかないのか

トランプ大統領は、その時ごとに自分の都合のよい発言をする。発言の一貫性や真実性は気にしないから、公然と嘘をつくことも多い。そのことに倫理的な罪悪感を感じている様子はまるでないし、むしろ賢い行為をしているとすら思っているかもしれない。この種の嘘をつく人はたまに見かけることがある。

 一方、ティラーソン元国務長官は、嘘をつかないという倫理観を持っているため、その記者会見では明らかに不自然な振る舞いになってしまったし、不自由に見える。その点、トランプ大統領は自由に言いたいことを言っている。

私は、個人的にはティラーソン元国務長官の不自由さはよくわかる。私の場合、相手が誰であっても同じことを言う、という個人的な倫理観、というか、嗜好がある。だから、陰口は好きではない。もちろん、誰か他人のネガティブなことを言いたくなることはあるので、そのときは、まず、本人に対して直接ネガティブなことを言って、ようやく安心して別の人にその人に関するネガティブなことを言うことができるようになる。これをきちんと貫徹するのはけっこう面倒だし、社会生活、職業生活上の不都合も多い。だから、このように振る舞うことはまったくお勧めしない。

考えてみれば、嘘をつかないという倫理を貫徹するのも、けっこう面倒で、社会生活、職業生活上の不都合も多いだろう。実際、トランプ大統領のような人の元でティラーソン元国務長官が働く上で、大きな不都合が生じた。

なぜ嘘をつかない人は、そのような不都合にもかかわらず、嘘をつかないのだろうか、急に不思議になってきた。

ヒルビリー・エレジー

ヒルビリー・エレジー」

トランプ大統領当選の要因の一つとして、いわゆるラストベルトの貧困に陥った白人層の支持があったといわれている。最近、鉄鋼やアルミニウムへの関税が話題になっているが、これは彼らを意識した政策なのだろう。

この「ヒルビリー・エレジー」は、まさにそうした白人のコミュニティに生まれ育った作者の半生が描かれており、当時アメリカでベストセラーとなった。

ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち

ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち

 

ヒルビリーとは、18世紀にアメリカに移民したスコッツ=アイリッシュの末裔で、オハイオ州ニューヨーク州からアラバマ州ジョージア州にまたがるアパラチア山脈(グレーター・アパラチア)に住む人々で、アメリカ北東部に住む「WASP」とはアイデンティティを異にする集団である。ヒルビリーたちにとって、貧困は「代々伝わる伝統」 という。「先祖は南部の奴隷経済時代に日雇い労働者として働き、その後はシェアクロッパー(物納小作人)、続いて炭鉱労働者になった。近年では、機械工や工場労働者として生計を立てている。」

作者は、アパラチア山脈に住むヒルビリーの子孫で、祖父は製鉄所に労働者として勤務していた。祖父は安定した収入を得ていたが、子、孫の代になると典型的なラストベルトの貧困層に落ち込んでしまう。作者自身は、高校卒業後に海兵隊に入隊したことが大きな転機となり、最終的にはイェール大学のロースクールに進学し、成功を収める。もちろん、ヒルビリーのなかでアイビーリーグの大学に進学、さらに言えば、大学への進学する人も少ないという。

左翼に見捨てられた人々

ヒルビリーたちは、アメリカに移民したときから現在に至るまで、貧困がつきまとっているという。しかし、それでも中西部に工場が進出し、労働者として雇われていた時代は、労働組合の存在もあり、比較的恵まれた時代を過ごしていたようだ。製鉄所に勤めていた作者の祖父は、労働組合への帰属意識が強く、民主党支持者だったという。

しかし、アメリカでの重工業が衰退し、工業地帯がラストベルトと呼ばれるようになると、当然、雇用が減少し、工場労働者を組織していた労働組合の力も衰え、ヒルビリーたちはより困窮する。そんなとき、左翼からは手が差し伸べられなかった。

私は左翼を好んでいないので辛口になってしまう。左翼は、社会のなかで恵まれない人々の側に立つことを目指しているのだろう。しかし、あらゆる恵まれない人々の側に立つのではなく、恵まれない人のなかで「選り好み」があるように見える。

労働組合が衰退した後、左翼の重点はマイノリティへ移ったようだ。ヒルビリーたちは、労働組合から放り出されてより厳しい立場になったとき、マイノリティとはいえない彼らは左翼に見捨てられてしまった。

彼らが民主党に投票しないのは当然の結果のように見える。

多様性(ダイバーシティ)の厳しさ

ヒルビリーたちは、現代のソフィスティケートされた都会の人たちから見ると、非常に「荒くれている」ように見える。銃を持ち歩き、暴力は日常茶飯事で、家族が侮辱されると無条件で反撃しなければならないと考えている。アパラチア山脈で孤立した生活をしているときは、文字通り自分の身は自分で守らなければならなかったのだろう、そのときの文化を現代でも引きずっているように見える。そして、そのような文化が、現代のアメリカの主流の社会に入ることを妨げ、貧困から抜けられない大きな原因となっている。

多様性(ダイバーシティ)を重視するのであれば、そのようなヒルビリーたちの文化も尊重しなければならない。しかし、主流の社会とさまざまな摩擦がある。例えば、ヒルビリーたちは銃規制に反対する人が多い。東海岸の大都市のインテリとは、お互いほとんど共感しあうところがないだろう。

これはどうすべきなのか。文化人類学者がカンニバリズムに遭遇したらどのような態度を取るべきか、そのような問題に似ていると感じた。

理不尽な特訓の意味(海兵隊のブートキャンプ)

上にも書いたが、この作者は海兵隊に入隊し、新兵の訓練、ブートキャンプを経験して大きな転機をつかむ。

海兵隊は、まったく何も身についていない人が新兵となることを想定し、基本的な生活習慣を含め、一から身につけさせるという。一種の教育機関として機能を持っていることがわかる。しかし、その方法は、極めて厳しく、いっかいとことんまで個人の尊厳を否定するような理不尽な特訓を体験させる。

私は、体育会系になじめない方だ。だから、理不尽な体育会系の特訓は受けるつもりはないし、意味がないように思っている。しかし、この海兵隊のブートキャンプは、少なくともこの作者にとっては大きな肯定的な意味を持っていた。

確かに、海兵隊には自ら志願するのだが、民主的な社会のなかでこのような理不尽な特訓にどういう意味があるのか、考えさせられてしまった。答えはでないけれど。