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マキアヴェッリ「君主論」

マキアヴェッリの近代性

いま、原著で政治思想史をたどろうとしている。あまりに手を広げすぎても読み切れないから、いちおう西洋近代の政治思想史に限定している。まずは近代の政治思想史の起点としてホッブスリヴァイアサン」から読み始めた。

リヴァイアサン」を読み、この本のなかでルソーにおいて民主政の基礎に位置づけられる「社会契約」という概念が打ち出されているが、ホッブス自身は主権国家という存在(=リヴァイアサン)を重視しているが、君主政か民主政かにはあまり興味を持っていない。どちらかと言えば政体が安定する、という観点から君主政の方がよいと語っており、意外だった。

西洋近代の政治思想史は、基本的には民主政を中心に展開する。そこで、ちょっと回り道をして、ホッブスから少々時代をさかのぼり、マキアヴェッリ君主論」で君主政に関する議論を読んでおこうと思った。

君主論」というと、なにやら権謀術数について語った本というステレオタイプがあったけれど、実際に読んでみると、岩波文庫で本文は198ページで、簡潔かつロジカルで、思いのほか読みやすい本である。倫理と事実を峻別すべきと主張しているところがあり、近代性を感じた。

いかに人がいま生きているのかと、いかに人が生きるべきなのかのあいだには、非常な隔たりがあるので、なすべきことを重んずるあまりに、いまなされていることを軽んずる者は、みずからの存続よりも、むしろ破滅を学んでいるのだから。(pp115-116)

この本の解説を読んではじめて知ったが、マキアヴェッリには「ローマ史論」と呼ばれる共和政を論じた本があるという。彼自身、著作家になる前は、共和政のフィレンツェで書記官を務めており(フィレンツェの共和政が崩壊するとともに失脚する)、別に君主政を礼賛していた訳ではなかったという。

 マキアヴェッリの思想の全体を理解するためには、「君主論」を読むだけでは不十分のようだ。しかし、「ローマ史論」は大部なため(それゆえ「君主論」の方が主著とされているのだろう)、この西洋近代政治思想史の旅がひととおり終わったところで、また立ち返って読んでみようと思う。 

君主論 (岩波文庫)

君主論 (岩波文庫)

 

 

ディスコルシ ローマ史論 (ちくま学芸文庫)

ディスコルシ ローマ史論 (ちくま学芸文庫)

 

 君主政か民主政か

今回、西洋近代の政治思想史を読んでみようと思い立った理由のひとつに、独裁者による秩序と民主主義による混沌のいずれが望ましいのか、という難問の存在がある。

イラクやシリアでは、残虐な独裁者によっていちおうの秩序が維持されていた。そして、外国の勢力の介入などもあり、それが崩壊し、大きな悲劇をもたらす混沌状態となる。安定した民主政が成立してその混沌状態が克服されればよいが、現実的にはその見通しは暗い。そのとき、独裁者による秩序は認めうるのだろうか。

ホッブスに尋ねたとしたら、その答えは簡単だろう、独裁者の秩序の方が好ましいと。彼は、自然状態にあると人間は「万人に対する万人の闘争」状態になってしまうため、自らの安全を確保するためには、社会契約によって自然権の一部を主権国家に委ね、その主権国家が安全を保証する、という形で国家の起源を想定している。主権国家は、安全を保証するためのいわば「必要悪」なのであり、逆に言えば安全を保証できるかがその存在意義である。だから、君主政や民主政の比較は、どちらのほうがより安全を保証できるのか、という実利的な観点からなされることになる。

民主政、君主政の双方について論じているマキアヴェッリについて、彼は民主政を支持していたのか、君主政を支持していたのか、という議論があるようだ。私から見ると、彼もホッブスと同様に、外敵からの侵略や内部からの反乱によって秩序が崩壊することが最大の害悪であり、安定した秩序を提供できる限りにおいては君主政も民主政も選択肢になりうると考えていたのではないかと想像している。

君主論」のなかで次のように述べられている。

君主たる者は、おのれの臣民の結束と忠誠心を保たせるためならば、冷酷という悪評など意に介してはならない。なぜならば、殺戮と略奪の温床となる無秩序を、過度の慈悲ゆえに、むざむざと放置する者たちよりも、一握りの見せしめの処罰を下すだけで、彼のほうがはるかに慈悲深い存在になるのだから。なぜならば、無秩序は往々にして住民全体を損なうが、君主によって実施される処断は一部の個人を害するのが常であるから。(pp125-126)

この当時のイタリアは、共和国や諸侯、教皇などが群雄割拠し、フランスやスペインの軍隊の侵入を受けていた。イタリア内の諸勢力の主な軍隊は傭兵に依存しており、これが弱点のひとつのなっていた。「君主論」のなかで、マキアヴェッリは君主は自らの軍を持つべきだと主張している。マキアヴェッリ自身は明言していないが、この方向で考えを進めれば、国民軍や国民国家へと議論はつながっていくのではないかと思う。

君主論 (岩波文庫)

君主論 (岩波文庫)

 

 「君主論」要約

第1章 君主政体にはどれほどの種類があるか、またどのようにして獲得されるか
  • 政体の形態には共和政と君主制がある。君主制には世襲と新興のものがあり、新興のものには全面的に新しい場合と部分的に他の政体に付加される場合がある。
  • 支配権の獲得方法には、他者の軍備によるものと自己の軍備によるものがあり、運命によるものと力量によるものがある。
第2章 世襲の君主政体について
  •  世襲の政体は新興より保持しやすい。伝来の統治形態をなおざりにせず、予測できない変事に対しては時間を稼げばよい。
  • 世襲の君主は新しく君主になった者に比べ人を害する必要も理由がないため人から愛される。
第3章 複合の君主政体について
  • 政変に際して、人民は事態がよくなると期待し武器を取るが、実際には新しく君主になった者の軍事力などにより必然的に住民に被害を与える。このため、新しい君主は住民を敵に回し、彼を支持した支援勢力も満足させられない。
  • 古い政体に新しい政体が付加される場合、両者が同じ地域、言語に属し、住民が共和政に慣れていない場合は、それまで支配してきた君主の血筋を抹消するだけで保持できるため、比較的容易である。
  • 両者の地域、言語が異なる場合、支配地を獲得した人物がみずからそこに赴いて支配するか、植民兵を送り込むことが必要である。また、在地の弱小勢力を手なづけながらも彼らの権力を増大させず、強大な勢力を弱体化させるべきである。
  • 戦争を避けるために混乱を放置してはならない。なぜならばそれは避けられないばかりか、避けようとすればあなたのふりを引き伸ばすだけであるから。
第4章 アレクサンドロスに征服されたダレイオス王国で、アレクサンドロスの死後にも、その後継者たちに対して反乱が起きなかったのは、なぜか
  •  君主政には「君主と他はすべて下僕である者たちによって治められる方法」(トルコ型)と「君主と封建諸侯たちによって治められる方法」(フランス型)がある。
  • トルコ型は内紛が起こりにくく、征服することが難しいが、君主を倒すことができれば征服後の統治は容易である。
  • フランス型は、封建諸侯の裏切りを利用することで征服することは比較的容易であるが、封建諸侯を統治することが難しい。
第5章 征服される以前に、固有の法によって暮らしていた都市や君主政体を、どのようにして統治すべきか
  •  征服した国を支配する方法は、(1)彼らの固有の法、政体を破壊する、(2)支配者が自ら移り住む、(3)固有の法を認めながら支配者と密接な関係を保つ寡頭政権を擁立し税を取り立てる、の三つの方法がある。
  • かつて君主政体だった場合には、住民は服従に馴らされてきたため、君主の血筋を絶やすことで比較的容易に支配を確実にすることができる。
  • かつて共和政体だった場合には、彼らの憎悪の念、復讐心、古くから続く自由の記憶はがなくならないため、もっとも安全な方法は、彼らの固有の法、政体を破壊することである。
第6章 自己の軍備と力量で獲得した新しい君主政体について
  • 私人から君主に成り上がるときには、力量か運命を前提とするが、運命に依存しなかった者の方がより長く政権を維持できる。自己の力量によって君主になった者たちについていえば、運命から好機のみを授けられている。
  • 君主となり新しい制度を導入するとき、新制度の導入者は旧制度の恩恵に浴していたすべての人びとを敵に回し、新制度によって恩恵に浴するはずのすべての人びとは生ぬるい味方に過ぎない。このため、新制度の導入に実力を行使できることが必要である(「軍備のある預言者はみな勝利したが、軍備なき預言者は滅びてきた」)。
第7章 他者の軍備と運命で獲得した新しい君主政体について
  • 運命のおかげで私人から君主になった者たち、金銭の力や他者の好意によって政体を譲られた者たちは、ほとんど労せず君主の座に就いたものの、これを保持するには多大の苦労が伴う。
  • このような者たちは自分に支配権を譲ってくれた人物の意志と運命にまったく依存しているが、それらは二つとも移り気で不安定なものであるから、彼らは手に入れた地位を保つすべを知らないし、保てる力もない。
  • それまで常に私人の身として暮らしてきた以上、命令を下すすべを知らず、また、自分の味方になり得る忠実な武力を持っていないためである。
第8章 極悪非道によって君主の座に達した者たちについて
  • 私人から君主になるには、その他に極悪非道なみちを通って君主の座にのぼった者の場合と、自分の同朋である市民の好意によって祖国の君主になった者の場合がある。
  • ある政体を奪い取るにあたって、必要な攻撃、加害行為のすべてを一挙に実行に移して、その後は繰り返さないことによって人びとを安心させ、かつ恩恵を施しつつ彼らを手懐けるようでなければならない。
  • これと逆の行動を取るものは、いつでも手に剣を握っていなければならないし、絶え間のない迫害のために、臣民の側は決して彼に気を許さないので、彼の方も臣民の上に安心して立っていることができない。
 第9章 市民による君主政体について
  • 私人が、民衆ないし有力者の好意によって君主の座にのぼった場合、いずれにせよ民衆を味方につけておくことが必要である。さもなければ、動乱の時にあって手当が施せない。
  • このような君主が自ら命令を下す制度から、執政官を介して統治するようになると、執政官は市民に左右され、場合によっては君主に反逆することもあり、より危険をはらんでしまう。
  • 市民が君主とその政権を必要とするための方法を考えれば、市民は忠実であり続けるだろう。
 第10章 どのようにしてあらゆる君主政体の戦力を推し量るべきか
  • 侵略する相手に独力で対抗できる君主でなければ、城壁に囲まれた都市の防衛を強化し、物資を備蓄すべきである。
  • 臣民に対する措置を講じてけば、侵略されることは少ない。堅固な守りの都市を擁し、民衆から憎まれていない人物を攻略することは、容易ではないと見えるから。
第11章 聖職者による君主政体について
  • 聖職者による君主政体は、宗教に根ざした古くからの制度によって支えられているため、保持するには力量も運命も不要である。こういった君主のみが、政権を持ちながら防衛せず、臣民を持ちながら統治しない。
第12章  軍隊にはどれほどの種類があるか、また傭兵隊について
  • 君主にとって必要なものは良き土台であり、良き土台とは良き法律と良き軍備である。
  • 君主がおのれの政体を防衛するときの軍備は、自己の兵か、傭兵軍か、援軍か、混成軍である。
  • 傭兵軍は軍備は不統一であり、規律がなく、忠誠心を欠くため、そのその上に築かれた政体は堅固でも安全でもない。
第13章 援軍、混成軍、および自軍について
  • 援軍は、それ自体としては役に立ちすぐれたものであるが、呼び入れた者には常に害をもたらす。彼らが敗北すれば自分も滅亡し、勝利すれば彼らの虜になってしまう。
  • 臣民、市民、手勢からなる自己の軍備を持たなければ、いかなる君主政体も安泰ではない。逆境に自信をもってこれを防衛する力量を持たない以上、すべては運命に委ねることになる。
第14章 軍隊のために君主は何をなすべきか
  • 君主は戦争、軍制、軍事訓練の他にいかなることを自分の業務としてはならない。そのことが自らの座を保持させる。逆に軍備より甘美な生活を重んじた時に政体を失う。
  • 武装した者は非武装の者への侮りがあり、非武装の者は武装した者への疑いがあるため、武装した者と非武装の者とで軍事行動をうまく進めることはできない。
第15章 人間、とりわけ君主が、褒められたり貶されたりすることについて
  • いかに人間が生きているかと、いかに人間がいきるべきかとの間にには隔たりがあり、なすべきことを重んずるあまりに、なされていることを軽んずるものは破滅する。
  • 君主がみずからの地位を保持したければ、善からぬ者にもなり得る業を身につけ、必要に応じて使ったり使わなかったりする必要がある。
  • 君主は思慮ぶかく振る舞い、政権を奪い取る恐れのある悪徳にまつわる悪評から可能な限り身を守るすべを知らねばならないが、悪徳なくして政権を救うことが困難な場合には、悪評のなかへ入り込むことを恐れてはならない。
第16章 気前の良さと吝嗇について
  • 君主が気前が良いという評判を求めると、全財産を使い果たし、民衆に重税を課し、金銭を得るためにあらゆる手段を講じるようになる。臣民は彼を憎むようになるか、貧しくなったため侮るようになるだろう。
  • 一方、倹約することで、歳入だけで防衛ができ、臣民に重税を課す必要がなくなり、奪い取らないことで多くの人に気前の良さを示し、与えないことで少数の人びとに吝嗇を行使することになる。
  • 君主になる段階では気前の良さは必要だが、君主になってからは吝嗇の悪評を得る方がよい。
第17章 冷酷と慈悲について。また恐れられるより慕われる方がよいか、それとも逆か
  • 君主は慈悲深く冷酷ではないという評判を取りたいと願うべきであるが、臣民の結束と忠誠心を保たせるためならば冷酷という悪評を意に介してはならない。特に、軍隊を率いているときには冷酷でなければ軍隊の統一を保ち軍事行動を起こすことはできない。
  • 人びとが慕うのは自分たちの意に叶うかぎりであり、恐れるのは君主の意に叶う限りであるから、君主は自己に属するものに拠って立ち、他者に属するものに拠って立ってはならない。憎まれないことと恐れられないことは両立するので、憎しみだけは逃れるように努めなければならない。
第18章 どのようにして君主は信義を守るべきか
  • 君主たるものに必要なのは、徳を身につけてつねに実践するのは有害だが、身に着けているかのように見せかけることは有益である。徳に反することが必要になったときには、逆になる方法を心得ていて、なおかつそれが実行できるような心構えをあらかじめ整えておかねばならない。
  • 大衆はいつでも外見と結果のみに心を奪われるから、ひたすら勝って政権を保持するのがよい。手段はみなつねに栄誉のものとして正当化され、誰にでも称賛されるだろう。
第19章 どのようにして軽蔑と憎悪を逃れるべきか
  • 君主は憎悪と軽蔑を招くことは避けなければならない。憎悪を招くのは臣民の財産や腐女子を奪う行為で、これは慎まなければならない。大多数の人びとから名誉や財産を奪い取らない限り人びとは満足して生活する。ただ少数の者たちの野望とだけ闘いさえすればよい。
  • 民衆が自分に好意を抱いているときには陰謀をあまり気にしなくてよい。だが、自分に敵意を抱いたり自分を憎悪しているときには、あらゆる事態やあらゆる人を恐れねばならない。
第20章 城砦その他、君主が日々、政体の維持のために、行っていることは、役に立つのか否か
  • 君主は新たに屈従させた都市の武装解除をすることがあるが、かつての敵で今は自分の政体に依存しなければならないものは、自分の忠誠を証明するためにより忠実であるため、彼らの武装を解除しないほうがよい。
  • 外敵より民衆を恐れる君主は城砦を築くべきだが、民衆より外敵を恐れる君主はこれなしで済ませるべきだ。
第21章 尊敬され名声を得るために君主はなにをなすべきか
  • 君主は中立を取らず、敢然と幟旗を鮮明にすべきである。もし同盟者が勝った場合は相手はあなたに恩義を感じる。一方、同盟者が敗れた場合は必ずや彼に受け入れられ、運命が甦ったときはそれを分かち合う仲になる。中立を保った場合には、必ず勝った方の餌食となり、負けたほうは溜飲を下げるだろう。
  • 自分より強い有力者を同盟者に選ぶと、たとえ勝ってもその有力者の虜になる。君主は可能なかぎり隷従する状態は逃れなければならない。
第22章 君主が身近に置く秘書官について
  • 君主のことよりも自分のことを考えている側近は断じて信頼してはならない。また、君主も彼を忠実に保たせるためには、側近のことをも思いやり、名誉を称え、富ませることで自分への恩義を深めさせ、君主がいなければ自分が存在しえないと考えるよう配慮しなければならない。
第23章 どのようにして追従者を逃れるべきか
  • 誰もが君主に真実を言えるときには、君主を尊敬するものはいなくなる。そこで、政体のなかから賢者たちを選び出し、彼らのみだけに、しかも、君主から尋ねられた時だけに、真実を告げる自由を与えるとよい。
第24章 イタリアの君主たちが政体を失ったのは、なぜか
  • イタリアで政体を失った支配者のことを考えると、まず軍備にまつわる共通の欠陥がある。それは、彼らが平穏な時代にあって変転することを考えなかった怠惰に原因がある。
第25章 運命は人事においてどれほどの力をもつのか、またどのようにしてこれに逆らうべきか
  • 運命がその威力を発揮するのは、人間の力量がそれに逆らってあらかじめ策を講じておかなかった箇所である。
  • 運命は時代を変転させるが、人間は自分の態度を変えることができないから、合致している間は幸運に恵まれるが、合致しなくなると不運になる。
 第26章 イタリアを防衛し蛮族から解放せよとの勧告
  • イタリアから外国の軍を排除するには、まずは君主が固有の軍備を軍備を整える必要がある。
  • 君主によって統率され、全体が一体となれば有能な存在となり、イタリア人古来の力量を発揮して外敵から身を守ることができるだろう。

 

 

 

「騎士団長殺し」の既視感

1Q84」の挑戦

騎士団長殺し」の前作の「1Q84」は失敗作かもしれないが、村上春樹の世界を広げるターニングポイントとなる作品だと思っている。

アンダーグラウンド」「約束された場所で」で、オウム事件の被害者、オウム真理教信者へのインタビューを重ね、10年以上の時間をかけて村上春樹としてオウム事件の回答として「1Q84」が書かれたのだと思う。率直に言って、村上春樹の回答についてまだよく理解できず、腑に落ちていないところもあるけれど、難問に対して格闘しているということはよくわかる。

1Q84」のbook1とbook2では、青豆と天吾という二人の主人公の視点から書かれた章が交互に並んでいる。book3では、これまでの村上春樹の小説ではあまり重きをもって取り上げられてこなかった牛河という人物の視点からの章が加えられている。

1Q84」の次回作としての「騎士団長殺し」には、次のような期待をしていた。

カタルーニャ国際賞の受賞スピーチで取り上げられた東日本大震災福島第一原子力発電所事故に関する村上春樹としての回答となる長編小説が書かれるのではないか(ただし、まだ時間が足りないから次々回作かもしれない)、村上春樹が年齢を重ねるとともに牛河のような新しい人物像、特に、老人の内面が書かれるようになるのではないか。

1Q84 BOOK1-3 文庫 全6巻 完結セット (新潮文庫)

1Q84 BOOK1-3 文庫 全6巻 完結セット (新潮文庫)

 

 

アンダーグラウンド (講談社文庫)

アンダーグラウンド (講談社文庫)

 

 

約束された場所で―underground 2 (文春文庫)

約束された場所で―underground 2 (文春文庫)

 

 「騎士団長殺し」の既視感

もちろんそのような期待は、私の勝手なものだから、村上春樹自身にはまったく関係はない。「騎士団長殺し」は「1Q84」の延長線上にはなく、より昔の村上春樹作品に回帰したようなだ。

一人称で、謎めいた依頼人がやってくるハードボイルド小説の構成を使っている点は「ねじまき鳥」のようだ。登場人物も「1Q84」の牛河や「海辺のカフカ」のナカタさんや星野くんのような意外性はなく、これまでの小説から似たようなキャラクターが探し出せる。井戸や壁抜けというモチーフも、悪い言い方をすれば手垢がついている。村上春樹の古いファンには安心できるかもしれない。

しかも、主人公が振るわざるをえない暴力やくぐり抜ける試練も、「ねじまき鳥クロニクル」に比べると切実感に欠けるような印象もある。「ねじまき鳥クロニクル」でバットを使う場面は読んでいる自分の手にも感触が伝わるような生々しさがあったが、「騎士団長殺し」の殺しの場面はあっさりした印象である。

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

 

 

騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編

騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編

 

 

ねじまき鳥クロニクル 全3巻 完結セット (新潮文庫)

ねじまき鳥クロニクル 全3巻 完結セット (新潮文庫)

 

 「小説を書く」プロセスに関するメタ小説と「白いスバル・フォレスターの男」

それでは「騎士団長殺し」のテーマはなんだろうか。

この小説の主人公は画家で、彼が雨田具彦の絵を見ることをきっかけとして、さまざまなできごとに遭遇しながら何枚かの絵を描く。あるものは完成し、あるものは描きかけのままになる。

この物語は全体として、何かを創作するプロセスを意味していて、村上春樹にとっては小説を書くプロセスのメタファーなのではないだろうか。つまり小説を書くことに関して書かれたメタ小説なのだと思う。

この小説のなかに次のような一節がある。

優れたメタファーはすべてのものごとの中に、隠された可能性の川筋を浮かび上がらせることができます。優れた詩人がひとつの光景の中に、もう一つの別の新たな後継を鮮やかに浮かび上がらせるのと同じように。

 今はまだ完成していない「白いスバル・フォレスターの男」の絵は、東日本大震災に関する、今はまだ書けないけれど、これから書かれるべき村上春樹の小説を表しているのではないだろうか。

参考:「騎士団長殺し」の登場人物と過去の小説との対応(私見ですが) 

私:岡田亨「ねじまき鳥クロニクル

柚:クミコねじまき鳥クロニクル

免色 渉:五反田くん「ダンス・ダンス・ダンス

秋川 まりえ:ユキ「ダンス・ダンス・ダンス

絵画教室の生徒の女:安田恭子「1Q84

イデア(騎士団長):カーネル・サンダース海辺のカフカ

白いスバル・フォレスターの男:ジョニー・ウォーカー海辺のカフカ

3/11の頃

 忘れられるはずがない、忘れてはならない記憶も薄らいでいく

今年も3月11日になった。

忘れられるはずがない、忘れてはならない、と思いながら、やはり時とともに記憶は確実に薄らいでいく。

その当時に書かれたブログのエントリーを読み返して当時の記憶を蘇らせようと思う。

超現実な世界と強迫観念とJ.G.バラード

東日本大震災福島第一原子力発電所事故が発生した時、ちょうどJ.G.バラードの自伝「人生の奇跡」を読んでいた。

テレビでは津波と被災地の惨状と福島第一原子力発電所の映像が延々と流され、最初はこの世のできごととはとても思えず、J.G.バラードの超現実的な世界のように思われた。自分が生きている世界とJ.G.バラードの小説世界がシンクロしたことが、いったいどんな意味があったのかは今でもよくわからない。シンクロすることによって何がしかの癒やしが得られたとも思わないし、なにか現実的に役立つことがあったとも思えない。しかし、超現実的な世界を描いた小説の現実的な力、のようなものを感じたことは確かだ。

J.G.バラードは、第二次大戦下の香港にイギリス人の子供として育ち、過酷な経験をして、そのことか彼に強迫観念を植え付けた。彼自身、そのことによって苦しみもしたが、一方でそれゆえ彼の小説群が書かれることになった。彼が強迫観念に苦しんだことには彼自身にとって価値があった、とまでは第三者の私には言えないけれど、私自身にとっては彼の小説群は大きな価値がある。

東日本大震災福島第一原子力発電所事故がもたらした苦しみは肯定できないけれど、何かを生み出している、そして、生み出していくのだ、と考えたい。

yagian.hatenablog.com

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人生の奇跡 J・G・バラード自伝 (キイ・ライブラリー)

人生の奇跡 J・G・バラード自伝 (キイ・ライブラリー)

 

無力感と怒りと自分なりの社会貢献 

あまりに大きなできごとに、最初は無力感を感じ、そしてその次には怒りがやってきた。今思うと、3/11から1か月ぐらいのあいだはずいぶん情緒不安定だったと思う。

私は、積極的に社会に貢献しようと思って行動することはあまりないが、それでもこのときばかりは何か人に役立つことができないかと考えた。この時期、鉄道の運行状況が不安定で、前日の夕方になるまでどの路線が運行するのかわからなかった。しかも、それぞれの鉄道会社のウェブサイトに運行状況が日本語でアップロードされるだけで、それを英語でまとめて読めるサイトは存在しなかった。3/11のしばらく前に英語で書くブログは始めていたので、毎日交通の情報をまとめて翻訳する、という作業をしていた。

実際にどれだけ役立ったかはよくわからないが、ある程度のアクセス数があったから何がしかの貢献はできたのだろう、と考えることで、自分の無力感や怒りを鎮めていた。

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その次には諦観がやってきた

 交互に無力感と怒りに囚われる時期が過ぎ、その次には諦観がやってきた。

はっぴいえんど「風をあつめて」は、まだ都電が縦横無尽に走っていた時期の東京を描いた歌である。この歌を聴きながら、今ある東京もいずれ失われてしまうのだろう、と淡々と思うようになった。その気持をすなおにブログに書いたら、海外のひとからずいぶんペシミスティックな考え方だと驚かれた。

しかし、あの地震を経験した人たち、そして、東京の空襲、関東大震災、それ以前の数々の大災害や火災を経験した人たちは、どこか似たような諦観を共有しているのではないかと思う。

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この経験を共有するには

東日本大震災福島第一原子力発電所事故に関して書いたエントリーのうち、次の二つは想像以上に多くのページビューがあった。

ひとつは村上春樹のカタルニア国際賞でのスピーチ「非現実的な夢想家として」の英訳と、もうひとつは日本ははたして民主主義国家といえるのか、という疑問について書いたエントリーである。

3/11から数か月が経ち、まだ生々しい記憶はあるが、ある程度できごとを俯瞰できるようになった時期に書いたものである。今読み返しても手を加えようと思うところはない。

この時、この経験を共有しなければ、という気持ちが強くあったし、この文章を読み返すと、今もこの経験をより広く共有することが重要なのだ、と改めて思う。

yagian.blogspot.jp

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“Politically Correctness” and Clint Eastwood’s film “Gran Torino”

トランプ大統領が支持される理由のひとつに「ポリティカル・コレクトネス」を無視した発言がある、と言われている。私自身、トランプ大統領を支持している訳ではないけれど、「ポリティカル・コレクトネス」には疑問を感じているところもある。

クリント・イーストウッドがインタビューのなかで「ポリティカル・コレクトネス」について語っていた。これに触発されて、ちょっと考えてみた。今回のブログは、アメリカ人にも読んでもらいたいので、英語で書いてみた。後半、和訳も掲載した。英語からの翻訳の日本語だから、少々読みづらいかもしれない。

The film “Moonlight” won best picture at the 2017 Oscars. The story of this film is about a black LGBT boy, who grew up in a tough environment. Of course it is of great value to bring attention to such a life in order to eliminate discrimination. Black LGBT people are a quite minority, but at least attention has been paid to them.

Clint Eastwood’s film “Gran Torino” is about Hmong immigrants and an old Polish man living alone in Detroit. Hmong people is an ethnic group from mountain area of Chine, Vietnam, Laos, Myanmar and Thailand, and many of them became refugees because of Vietnam War. I guess they would be most abandoned people in the USA.

Recently it was said that displaced white people supported Donald Trump in the presidential election, and the attention to them is increasing. Clint Eastwood made the film “Gran Torino” in 2008, when the attention to them wasn’t high. Even now the situation of Hmong people isn’t well known at all.

In the interview by Esquire magazine Clint Eastwood said as follows.

When I did Gran Torino, even my associate said, "This is a really good script, but it's politically incorrect." And I said, "Good. Let me read it tonight." The next morning, I came in and I threw it on his desk and I said, "We're starting this immediately." 

www.esquire.com

I wonder why “Gran Torino” is “politically incorrect”. I could understand that “Gran Torino”, whose story was about Hmong people and an old Polish man, would not make a profit, but why is it “politically incorrect?”

In this interview Clint Eastwood also said, “Secretly everybody's getting tired of political correctness.” If “politically correctness” prevents the film about most abandoned people, what is “politically correctness” worth?

I don’t support Donald Trump, but at the same time I feel that “politically correctness” is quite shallow.

「政治的正しさ」とクリント・イーストウッドの映画「グラン・トリノ

「ムーンライト」が2017年のアカデミー賞最優秀映画賞を獲得した。この映画のストーリーは、厳しい環境で成長する黒人のLGBTの少年を扱ったものだ。もちろん、差別を撤廃するためにこのような人生を紹介することは大きな価値がある。黒人でLGBTの人たちは非常に少数派だけれども、少なくとも関心は持たれている。

クリント・イーストウッドの映画「グラン・トリノ」は、モン族の移民とデトロイトで孤独に暮らすポーランド系の老人に関するものである。モン族は、中国、ベトナムラオスミャンマー、タイの山岳地帯に起源を持つ民族で、ベトナム戦争のために多くの人たちが難民となった。おそらく、アメリカでもっとも見放されている人びとだろう。

最近、見放された白人が大統領選挙でドナルド・トランプを支持したと言われており、彼らへの関心が高まっている。クリント・イーストウッドが「グラン・トリノ」を作ったのは2008年で、当時は彼らへの関心は高くなかった。現在でもモン族の状況はほとんど知られていない。

エスクァイア誌のインタビューで、クリント・イーストウッドは次のように語っている。

グラン・トリノを撮ったとき、私の同僚ですら「これはほんとうにいい脚本だけど、「政治的に正しくない」」と言っていた。だから私は「よし、じゃあ読んでみよう」と言ったんだ。翌朝、私は彼の机の上にこの脚本を放り投げて「すぐにこいつに取り掛かろう」と言った。

なぜ、「グラン・トリノ」が「政治的に正しくない」のだろうか?モン族とポーランド系の老人を扱った「グラン・トリノ」が利益を生みそうにない、ということなら理解できるけれど、なぜ、これが「政治的に正しくない」のだろうか?

このインタビューでクリント・イーストウッドは次のようにも語っている。「みんな密かに政治的正しさにうんざりしているんだ。」もし、「政治的な正しさ」がもっとも見放された人たちを扱った映画のじゃまになるのなら、「政治的な正しさ」には何の価値があるのだろう?

私はドナルド・トランプを支持しないけれど、同時に「政治的正しさ」が浅薄に思える。

ホッブス「リヴァイアサン」:主権国家の成立について

主権国家論」

今年は、民主主義について考えるために、政治哲学に関する古典的な本を系統的に読んでいこうと思っている。その第一弾として、ホッブスリヴァイアサン」を読んだ。

書店の書棚に、岩波文庫版の「リヴァイアサン」の一巻、二巻がならんでいたので、ああ、二巻本なんだ、と思い購入した。解説を読むと、実は四巻本だということが分かった。しかし、現代の民主主義に結びつく論考は、第一部「人間について」(第一巻)と第二部「コモンウェルスについて」(第二巻)を読めば良さそうなので、この二巻を読むことにした。

表題のリヴァイアサンとはコモンウェルスを指している。コモンウェルスとは、ホッブスの用法では、ざっくり主権国家を意味しているので、「国家論」「主権国家論」と訳した方がわかりやすかろう。

リヴァイアサン」に関する教科書的知識としては、「万人に対する闘争」と「社会契約論」ということになるのだろう。実際に読んでみて、それは誤りではないけれど、そこに至るまで人間の認識、思考とはなにかという哲学的な問いかけや、社会契約によって形成されるコモンウェルスの特徴について詳しく記述されている。原書にあたることによって、ホッブスがなにゆえ「社会契約論」に至ったのかその背景や、彼の考える望ましい国家像が理解できる。そして、ホッブス主権国家像と現代で考えられている一般的な民主主義国家像との共通点と相違点を比較することで、現代の民主主義国家像が相対化され、考えを深めることができる。

リヴァイアサン〈1〉 (岩波文庫)

リヴァイアサン〈1〉 (岩波文庫)

 

 

リヴァイアサン〈2〉 (岩波文庫)

リヴァイアサン〈2〉 (岩波文庫)

 

デカルトホッブス主知主義と経験主義

しばらく前、デカルト方法序説」を読んだ。デカルトホッブスは同時代人で、お互い面識があったらしい。しかし、仲はよくなかったという。たしかに「方法序説」と「リヴァイアサン」を比較すると、なるほど、基本的な哲学がずいぶん違っていると思う。

デカルトは「我思うがゆえに我あり」ということを、すべての哲学的思考の確実な基礎となる出発点だと考えている。一方、ホッブスは、思考は過去の感覚の記憶の集合体である経験に基づき、感覚は外部の運動の感覚機関への圧迫によって生じると考えており、「思考」がそれほど確実な基礎とは考えていない。

近代思想のごく初期から、大陸の主知主義とイギリスの経験主義の伝統の対立がある、ということがよくわかる。これから政治思想を読み進めていくけれど、主知主義と経験主義の対立がひとつの理解の軸になっていくのだろうと思う。今、私個人としては、イギリスの経験主義に共感しているけれど、古典を読むことによって、その考えが変わらないのか、変わっていくのか、ちょっとわくわくしている。

ホッブスは、絶対善などはなく、自然状態では人々は自己の生存のためには何をしてもよいという自然権を持つと考えている。自然状態では「万人が万人に対する戦争状態」になってしまう。その状態から出発して、個人があくまでも自己の生存を追求することによって、主権国家や平和や道徳ができあがるプロセスを描いている。

これは、個人が自己の利益を追求することで、「神の見えざる手」により一種の秩序、均衡状態に至るというアダム・スミスの発想によく似ていると思う。というか、アダム・スミスホッブスの発想にヒントを得て「神の見えざる手」というアイデアを得たのだろう。 

yagian.hatenablog.com

 

方法序説 (岩波文庫)

方法序説 (岩波文庫)

 

 自然状態の実験場としてのファーストコンタクト

 ホッブスに対して、実際には未開人の社会でも「万人の万人に対する戦争状態」になっていないではないか、そのような自然状態は実在しないのではないか、という批判がある。

この自然状態は一種の思考実験だから、自然状態が実在しなくても、ホッブスの議論が意味がなくなる、というものでもないと思う(それをいうなら、「無知のヴェール」も思考実験である)。しかし、大航海時代の航海記を読んでいると、「未開人」と西洋人がはじめて接触する場合、きわめて自然状態に近い状況が生じているように見える。

西洋人の船がやってきた時、「未開人」側の反応としては、威嚇する、歓待する、接触を避ける、という三つの典型的なパターンがあるように見える。

例えば、ニュージーランドマオリ族はきわめて好戦的なことで知られ威嚇をする、戦闘に発展し、西洋人の船の乗組員が殺される場合もあった。これは、ほぼ戦争状態にあるといえるだろう。

また、タヒチやハワイのように歓待する、というケースもある。マオリ族は自らの安全を守るために威嚇しているのだが、歓待するということも、方法は異なるが自らの安全を守るという目的では共通している。ハワイでは歓待されていたキャプテン・クックが最終的にはトラブルによって殺害されてしまう。いかに歓待されていても一皮むけば戦争状態になりかねない微妙なバランスでなりたっている。遊牧民に外来者を歓待する文化があることが多いが、これも似たようなメカニズムなのだと思う。

オーストラリアのアボリジニは、徹底して西洋人との接触を避けていた。知らない人たちとの接触を避けるのも、これは自然状態で自分の安全を守るためのひとつの方法なのだろう。

民主制の前提条件

ホッブスは、民主制であれ、貴族制であれ、君主制であれ、主権国家では、主権者に権力が集中していることが国家が安定して継続するための第一要件であり、主権国家が国民(臣民)の安全を保証するためには、臣民も主権者に対して従順でなければならない、ということを強調している。

たしかに、独裁制から民主制に移行することに失敗している国を見ていると、投票で代表者を選出すれば民主制が成立しているわけではないということを痛感する。投票で代表者を選出する以前に、その民主制に対する従順、服従という意識が共有されなければ、安定した民主国家にならない。例えば、政敵が当選した場合、民主制以外の方法、例えば、軍事的なクーデターによって政権を転覆しようとは考えない、とか、また、政権を握った側も政敵を超法規的に迫害をしない、とか、選挙のルールは守るべきだという意識が共有されているとか、国民に民主制や法の支配を尊重すべきという共通意識がなければ安定した民主制は成立しない。

次は時代をさかのぼって、マキャベリ君主論」を読んでみようと思う。

リヴァイアサン第一部、第二部」要約

序説
  • 国家(コモンウェルスリヴァイアサン)が、どのようにして作られるか、主権者の権利、権力、権威とは何か、何がそれらを維持し、解体するのか、について考察する。
第一部人間について
  • 人間の思考の根源は感覚である。感覚とは、外部の物体の運動による感覚機関への圧迫によって喚起される。
  • 感覚は距離や時間の経過とともに薄らぐ。この薄らぐ感覚をイマジネーションと呼ぶ。過去に関するイマジネーションが記憶であり、記憶の集合が経験である。
  • 人は全部あるいは一部を感覚したことがあるものごとしか思考できない。人の思考は、ひとつの思考から次の思考、さらにその次の思考は、一定の系列をなす。未来や過去に関する思考の系列を推測と呼ぶ。
  • 人は、ことばによって思考を記録し、想起し、公表することができる。人が話を聞きいた時、その語と語の結合が表現する思考を自らも持った場合、理解したという。
  • 行為はつねに先行する思考に依存している。行為の結果に向けられた思考が欲求、意欲であり、あるものから離れることを目的とした思考が嫌悪である。当人にとっては、欲求、意欲の対象が善であり、憎悪の対象が悪である。善悪は対象自体の本性から引き出されるものではなく、対象を使用する人格に関わるものである。
  • 推理とは、名辞と名辞を結合し、その総計を概念することである(例えば、二つの名辞を結合し断定をつくり、二つの断定を結合し三段論法をつくるように)。推理の誤りは、出発点の名辞の定義が誤っていたり、適切な語を用いず比喩などの修辞を用いることなどによって生じる。
  • 推理が語の定義からはじまり、語の結合による断定、断定の結合による三段論法に進むプロセスを科学と呼ぶ。推理が語の定義から始まらないときは、その終末は信仰と呼ばれる。
  • 知力には経験によって獲得されるものと、方法、訓練、指導によって獲得されるものがある。後者は、推理である。前者は、ものの類似性を見出す想像力と、ものごとの間を区別、識別、判断する判断力に分類できる。すぐれた知力においては、判断力が不可欠である。高い知力には知識への意欲が必要だが、過剰な意欲、情念は狂乱をもたらす。
  • 知識には事実についての知識と、ひとつの断定から他の断定への帰結についての知識がある。前者は感覚と記憶そのものであり、この種の知識の記録は、自然を対象とした自然史、コモンウェルスのなかの人びとの行為を対象とした社会史に分類できる。後者は科学である。
  • 力とは、善(自らの利益)を獲得するための道具であり、身体的な能力、容姿、財産、評判、友人などが含まれる。人間の力で最大のものは、コモンウェルスの力のように多数の人びとの同意による力の合成である。人の価値は、その人の力の使用に対する他者の評価であり、状況によってその価値は変化する。他者の価値の評価を表明することを名誉(もしくは不名誉)を与えることと呼ぶ。
  • 道徳哲学者が主張していた究極目的、至高善といったものは存在せず、人はそれに向かって生きているのではなく、死ぬまで休むことのない力への意欲によって行為し続ける。
  • 人は原因を追い求めるが、究極の原因に到達することができず、永続的な恐怖に苛まされる。そして、究極の原因を神と考えるようになり、宗教が発生する。コモンウェルスの統治者たちは、戒律が彼ら自身の案出ではなく、神による命令だという信仰を民衆に刻みつける。また、民衆自身が不幸になったときは、統治者の誤りではなく、民衆自身の儀式における怠慢、法に対する不従順に帰すように促す。
  • 人びとは肉的的にも精神的にはおおむね平等である(精神の平等性を否定する人は自分の能力にうぬぼれている)。このため、各人が目的達成を目指す過程で競争、不信が生じる。その結果、共通の権力がなければ、各人の各人に対する戦争状態となる。共通の権力のないところには法はなく、法がなければ不正の観念はない。このような戦争状態においては、なにごとも不正ではない。
  • 自然権とは、人は生命を維持するために自らの力をどのようにでも使用できる自由である。人は他者の身体を含め、あらゆるものに対して権利を持っている。しかし、この権利を保持する限り各人の各人に対する戦争状態が継続する。このため、理性によって導き出される自然法として「人は平和と自己防衛のために必要と思い、他の人が同じように思う限り、この権利を進んで放棄し、他の人が許すであろう自由を持つことに満足すべき」である。しかし、他の人が同様に権利を放棄しようととしないならば、自らの権利を放棄する理由はない。
  • 相互に権利を放棄することを保証するために、「人びとは結ばれた信約を履行すべき」という自然法が導出される。この自然法のなかに、正義の起源があり、信約を履行することが正義であり、信約の不履行が不正義である。しかし、信約はいずれの側に不履行の恐れがあれば無効であるため、信約の履行を強制するコモンウェルスの設立が前提となる。
  • 人格とは、行為を代表するものである。自らの行為を代表する場合は自然的人格、他人の行為を代表する場合は仮想、または、人為的な人格である。代表者の信約は、彼が代表する他人も含めて拘束する。
第二部コモンウェルスについて
  • 外国人の侵入や相互の侵害から防衛し、安全を保証するための共通の権力を樹立するには、ひとりの人間まはた合議体に、自分たちの人格をになわせ、その意志、判断に従う必要がある。こうして一人格に統一された群衆は、コモン-ウェルスと呼ばれる。この人格を担うものは主権者と呼ばれ、他のすべてのものは臣民である。
  • 内乱にともなう悲惨さ、災厄をさけるためには、主権者には人びとの手が強奪と復讐に向かわないように束縛する強制権力が必要である。そのため、主権者権力は剥奪されえず、臣民によって処罰されず、立法、司法、軍事に関する権利を持ち、それらの権利は分離されえない。
  • コモンウェルスの形態は、一人の人が主権者になる君主政治か、一部の人による合議体が主権者となる貴族政治か、すべての人による合議体が主権者となる民主政治のいずれかである。人は自らの私的利益を求めるため、コモンウェルスの共通利益と私的利益が最も一致する形態が望ましい。君主政治では、君主の私的利害はコモンウェルスの繁栄であり、貴族政治、民主政治より望ましい。君主政治が特定の寵愛者の利益を優先することがあるが、同様のことは民主政治でも起こりうる。また、合議体は多数派の利益に影響され、少数派の利益が保護されにくい。
  • コモンウェルスには、参加者自らが信約によってコモンウェルスを「設立」するケースと、戦争での敗北者の勝者にまたは子の親に対する信約によって「獲得」されるケースのふたつがある。「獲得」の場合でも、敗北者、子は自らの生命の安全を得るための信約によってコモンウェルスへの参加するのであり、主権者の権利は「設立」のケースと変わりない。
  • 自由とは、自らの能力・意志でなしうることを妨げられないことである。コモンウェルスの臣民は、市民法の範囲内で自由である。また、主権者が自分たちに危害を加えようとするときは、服従しない自由を持つ。
  • 人びとの集団・組織のうち、絶対的に独立しているのはコモンウェルスだけで、それ以外は主権者権力に従属しており、コモンウェルスの法、証書などに基づいている。組織・集団は、代表者をもつ正規のものと、代表者を持たない非正規のもの、属州などの政治的なものと家族などの私的なものがある。コモンウェルスに反対する組織、諸分派などは、主権者が人びとを保護することを妨げるため不正、違法である。
  • 主権者によって、ある業務において、コモンウェルスの人格を代表する公共的代行者が置かれることがある。例えば、属州の総督、税の徴収、司法権を与えられた裁判官などである。
  • 自然状態では、人びとはあらゆるものに対する権利を持っている。コモンウェルスの成立によって、臣民は他の臣民の権利を排除した所有権が確立する。主権者は、土地や貿易の割り当てを恣意的に分配することができる。
  • 命令は命令者自身の利益に向けれられたもので、忠告は忠告の相手の利益に向けられたものである。よい忠告を得るためには、忠告者と忠告の相手の利害が相反しないことが好ましい。また、忠告のためには経験が必要であり、精通しかつ省察してきた領域においてのみよい忠告ができる。合議の場で忠告を受けることは好ましくなく、望ましい決定を得るためには、個別に忠告を受けひとりで決定を下すことが望ましい。
  • 民法とは、コモンウェルスの主権者の臣民に対する命令であり、主権者が立法者である。法の本質は文字ではなく意図にあるため、法の運用には解釈を要する。法の解釈は主権者が任命する人(裁判官など)にのみ行うことができる。法には、理性に基づく普遍的な自然法と主権者の意志によって法にされた実定法がある。
  • 罪とは、法が禁止した行為の遂行、発言だけでなく、法を侵犯する意図、決意も含まれる。犯罪は、法が禁止した行為の遂行、発言であり、裁判官の論証の対象となる。主権者権力がなくなり、市民法がなくなると、犯罪もなくなる。
  • 処罰とは、法の侵犯に対し、人々の意志が従順へ向かうことを目的として、公共的権威によって課される害である。コモンウェルスが敵に対して戦争をすることは、自然法に基づき合法であり、臣民でない人に対する害は処罰ではない。
  • コモンウェルスは不完全な設立によって解体がもたらされる。例えば、絶対的権力の欠如や権力の分割はコモンウェルスの弱体化、解体の原因となる。
  • 主権者の職務は人民の安全の達成である。この安全とは、生命の単なる維持ではなく、合法的な勤労によって自己のものとして獲得する満足も含む。その目的の達成のためには、主権者はその権利を手放してはならず、人民を主権者に従順であるよう指導しなければならない。また、平等な租税、公正な裁判、人民の安全という善にかない意図がわかりやすい法の立法、自己の労働で自己を維持できない人に対する公共的慈恵などがある。

Peter Stark "Astoria”:北米太平洋岸のグローバリゼーションの歴史

北米太平洋岸のグローバリゼーションの歴史 

夏休みに旅行したポートランドで買ったPeter Stark "Astoria"という本を読み終わった。この本は、19世紀前半、ジョン・ジェイコブ・アスターという事業家が、オレゴン州ワシントン州の州境を流れるコロンビア川の河口にアストリアという植民地を作ろうとし、最終的に失敗に終わるエピソードについて書かれたものである。 

なぜそんな本を読もうとしたのか。説明しょうとすると少々長い話になる。

このブログで何回か書いたけれど、いま、グローバリゼーションの歴史について追いかけている。

15世紀後半に端を発する大航海時代よりヨーロッパの船が探検を進め、世界の各地域がヨーロッパを中心とする交易のネットワークに組み込まれていく。ざっくりいえば、そのプロセスがグローバリゼーションの歴史ということになる。

カリブ海イスパニョーラ島、中米のアステカ帝国、南米のインカ帝国は、グローバリゼーションの歴史のごく初期に交易のネットワークに組み込まれた。日本は、ポルトガル人の種子島への漂着が16世紀中頃、鉄砲の流入キリスト教の布教が戦国時代の様相を大きく変えた。

そして、この北米太平洋岸は、いちばん遅くまでグローバリゼーションから取り残された地域だった。最終的には、19世紀中頃にゴールドラッシュが起きて劇的な形でグローバリゼーションに巻き込まれる。この本では、ゴールドラッシュ以前の時代において、西洋人が北米太平洋岸に進出しようとしたごくささやかな試みを扱っている。しかし、ささやかな試みではあるけれど、その背後には世界全体を対象とした、まさにグローバルな構想があり、グローバル化を考える上で絶好の材料を提供していると思う。

毛皮を求めたアメリカの西進

19世紀初頭以前、北米太平洋岸に近づいていた西洋の勢力は、スペインとロシアだった。

スペインは中南米を植民地としていたが、太平洋岸は現在のカリフォルニアまで進出していた。この当時、すでにスペインは植民地を拡大する力を失っていたし、北米太平洋岸には事業が成立するような資源があるとは考えていなかった。皮肉なことに、彼らは北カリフォルニアの金鉱にはまったく気がついていなかった。ロシアは、先住民との毛皮交易を進めながら、カムチャッカ半島アリューシャン列島を経て、現在のアラスカまで進出していた。しかし、その事業も大きな収益を上げるまでには至っていなかった。

1770年代後半、ジェームズ・クックの第三回航海が行われ、現在のアメリカからカナダの太平洋岸が探検測量される。ジェームズ・クック本人は、航海の途中、ハワイで先住民とのトラブルで殺されてしまうが、北米太平洋岸での交易で得たラッコの毛皮が中国で非常な高値で売れることを発見する。そして、航海記録の発刊とともに、その事実が広く知られることとなる。

これとほぼ同時期にアメリカ合衆国が独立する。当初のアメリカ合衆国は大西洋岸の地域に限定されており、シエラネバダ山脈を挟んだミシシッピ川流域はフランス、現在のカナダ東部の地域はイギリスの植民地だった。そして、北米太平洋岸には、スペイン以外の恒久的な植民地はなく、帰属も定まっていない状態だった。

ジョン・ジェイコブ・アスターのグローバルな三角貿易とアストリア

ジェファーソン大統領時代、ナポレオン・ボナパルトのフランスは、シエラネバダ山脈以西、ミズーリ川沿岸の地域の植民地を維持することが難しいと考え、1803年にアメリカ合衆国に売却した。ルイジアナ買収と呼ばれている。これ以降、ジェファーソン大統領は、アメリカの西への拡張、探検を積極的に進め、ルイス&クラークの探検隊がアメリカ人ではじめて陸路を通って太平洋岸まで到達する。

ドイツから移民し、ニューヨークで貿易と不動産業で成功していたジョン・ジェイコブ・アスターは、ジェファーソン大統領に共感し、北米太平洋岸のラッコの毛皮に目をつけグローバルな事業を構想する。ニューヨーク、ロンドンで工業製品を仕入れる。南米南端のホーン岬を超え、太平洋に到達し、北米太平洋岸でネイティブ・アメリカンと工業製品(鉄製品、毛織物、ビーズなど)と交換で毛皮を手に入れる。この交易を大規模に行うために、コロンビア川河口部に根拠地を作る。太平洋を横断して中国で毛皮を売り、茶、陶器、絹製品を仕入れ、ニューヨーク、ロンドンで売却する。

この事業を実現するために、コロンビア川河口の根拠地建設のために、アスターはパシフィック・ファー・カンパニーを設立し、陸路と海路それぞれの遠征隊を派遣する。

アストリア根拠地建設の困難と失敗

このコロンビア川河口の根拠地はアスターの名を取ってアストリアと呼ばれていた。アスターは周到な事業家で困難は予測し、対応していた。しかし、予測を超える困難な条件があった。

ルイジアナ買収から年月が経ていないことからわかるように、アメリカ合衆国と中西部の関わりはまだ薄かった。中西部でネイティブ・アメリカンとビーバーの毛皮の取引が行われていたが、それは現在のカナダに移住したフレンチ・カナディアンとスコットランド人が担っており、その多くがモントリオールに本社を置くノース・ウェスト・カンパニーに関わっていた。アスターが遠征隊を編成するとき、彼らの多くを雇わざるを得なかったが、ライバル会社のOBで、米英関係が緊張するとともに、彼らの忠誠心を十分信頼できなくなる。

陸路の遠征隊は、パシフィック・ファー・カンパニーの株主でもあるウィルソン・ハントが隊長を務めた。彼は管理者としては有能で、アスターへの忠誠心は確かだったけれど、探検、遠征の経験がなく、最善の決断を下すことができなかった。セントルイスを出発した遠征隊は、ルイス&クラークの探検隊のルート通りにミシシッピ川をカヌーで遡上した。しかし、その途中を勢力圏とするブラックフット族が白人に対して敵意を持ち、きわめて戦闘的なため、ミシシッピ川から騎馬と徒歩でロッキー山脈を越えるルートを選択した。道案内人を得ることができないまま未知のルートを進み、ロッキー山脈の山中で冬を迎えることになる。生き延びるために遠征隊は分裂する。

海路の遠征隊は、ジョナサン・ソーンが指揮するトンキン号で南米ケープホーンを周回し、ハワイで補給をした後、コロンビア川河口に向かう。ソーンは米国海軍の元軍人で、きわめて厳格、頑固であり、乗船していた毛皮商人、事務員たちとのおりあいが悪かった。海の難所であるコロンビア川河口の砂州で乗員を失ったが、なんとか目的地に到着し、仮の砦を作ることができた。

陸路の遠征隊の消息はわからないまま、トンキン号はバンクーバー島ネイティブ・アメリカンと毛皮の取引に行く。ソーンはネイティブ・アメリカンとの接触の経験がなく、乗船していた毛皮商人の警告を無視した結果、取引をしていた部族から奇襲攻撃を受け、ほぼ全員が殺戮されてしまう。アストリアの砦にいた遠征隊の留守部隊は、トンキン号が帰ってこないことを不審に思っており、ネイティブ・アメリカンたちからの噂としてトンキン号遭難を知る。

その後、ハントの遠征隊はアストリアに到着することができた。しかし、ナポレオン戦争の影響で、1812年にイギリスとアメリカの間で戦争が始まる。パシフィック・ファー・カンパニーのライバルのノース・ウェスト・カンパニーは、イギリス本国にアストリアへ軍艦を差し向けるように働きかけ成功する。一方、アスターもアメリカ政府に軍艦を派遣することを要請するが、当時の米国海軍はきわめて脆弱でその余裕がない。そこで、アスター自身が自費で武装船を派遣する。しかし、熟練した海員が不足していたこともあり、その船はハワイで難破してしまう。

結局、イギリスの軍艦に対して対抗する手段がなくなったアストリアの砦は、パシフィック・カンパニーからノース・ウェスト・カンパニーに売却されることになった。遠征隊のなかの一部の人たちはそのままノース・ウェスト・カンパニーに移籍し、その他の人たちは陸路もしくは海路を通ってアメリカの東海岸に戻っていった。 

現在のアストリア

 去年の夏のポートランド旅行のとき、レンタカーを借りてアストリアと太平洋岸まで日帰りのドライブをした。

アストリアの町のすぐ裏が小高い丘になっていて、コロンビア川の河口から海までを一望できる。最近、帆船時代に栄え、開かれた港町をめぐっているけれど、どこでもかならずすぐ裏手にこのような丘がある。オレゴン州の太平洋岸は自然に恵まれたリゾート地になっていて、アストリアはその入口になっている。

ポートランド周辺は晴れていたけれど、アストリアまでくるとどんよりとした雲が垂れ込めていた。丘から見た風景は、まるで墨絵のような景色になり、夏でも肌寒かった。この気候の土地で越冬するのは辛いだろうと思う。

また、アストリアにはコロンビア川海事博物館があり、展示が非常に充実している。アスター以降のアストリアをめぐる歴史がよく理解できる。

Columbia River Maritime Museum | Astoria, Oregon

「リッチな一族はそれぞれの仕方でリッチである」:Kevin Kwan "Crazy Rich Asian"

グローバリゼーションと華人華僑

このブログのなかでも、ここ数年、グローバリゼーションの歴史について追いかけている、ということ書いたことがある。

グローバリゼーションというと範囲が広すぎるので、暫定的に追いかけているテーマを絞り込んでいる。いまは、18世紀末から19世紀前半にかけて太平洋岸の北アメリカがグローバリゼーションに組み込まれていく歴史と、16世紀以降大航海時代にヨーロッパ人の到来によって東南アジアの華人華僑のネットワークが成立する歴史を追いかけている。

今日のこのエントリーでは、後者の華人華僑のテーマについて書こうと思う。

Kevin Kwan "Crazy Rich Asian"

去年の夏休み、アメリカオレゴン州ポートランドに旅行した(この旅行の目的のひとつは、上に書いた北アメリカ太平洋岸のグローバリゼーションの歴史の現場を訪問することだった)。ポートランドには、Powell's Booksという有名な書店があり、そこに平積みされていたKevin Kwain"Crazy Rich Asian"という本にピンときて衝動買いをした。なかなか読み進められなかったけれど、この正月休みに集中して、一気に読み終えた。

Powell’s Books | The World’s Largest Independent Bookstore

Crazy Rich Asians

Crazy Rich Asians

 

この本は、題名の通り、「クレイジー」なほどリッチな、華人華僑たちのコミュニティを物語である。

主人公は、ニューヨークの大学に勤める経済学の教授レイチェル・チューと、同じ大学の歴史学の教授ニック・ヤングのカップルである。レイチェルは貧しい中国人移民二世、ニックは(レイチェルに素性を隠していたけれど)シンガポールの「クレイジー・リッチ」な資産家の相続人である。

ふたりともニューヨークでは洗練されたインテリ同士のカップルとして付き合っている。シンガポールでニックの(これもまた「クレイジー・リッチ」な)親友の結婚式があり、それを機会にして、ニックはレイチェルをシンガポールに招待する。

ニックは、「クレイジー・リッチ」な資産家の相続人であり、彼の妻の座を狙う人には事欠かないし、また、彼の家族も将来の妻の候補の素性について彼らなりの価値観であげつらい、二人はさまざまな騒動に巻き込まれる。

この小説の筋立ては軽いメロドラマだが、そこで描写される「クレイジー・リッチ」な華人華僑たちの生活、考え方がじつに興味深い。

リッチな一族はそれぞれの仕方でリッチである

 トルストイアンナ・カレーニナ」の冒頭に「すべての幸福な家庭は互いに似ている。不幸な家庭はそれぞれの仕方で不幸である。 」とある。この"Crazy Rich Asian"に出てくる「クレイジー・リッチ」な華人華僑たちは、リッチのあり方が多様で、「それぞれの仕方でリッチ」である。

アンナ・カレーニナ〈上〉 (岩波文庫)

アンナ・カレーニナ〈上〉 (岩波文庫)

 

 彼らのリッチさの仕方は、主として、その一族がいつの時代にリッチになったかによって決まる。

主人公のニック・ヤングは、三世代前にはすでに「クレイジー・リッチ」になっており、一族は(集合住宅が主体で大きな邸宅を構えることが困難な)シンガポールに壮麗な邸宅を構えている。一族は純然たる資産家で自ら事業をすることはないし、自ら資産運用も行っていない。そのままで十分「クレイジー・リッチ」なため、資産を見せびらかすようなことはせず、ひと目につかないように洗練された生活を送っている。

19世紀に苦力として東南アジアに移民し、その後シンガポールで建設業として成功した一族は、いまだに勤勉であることに価値を見出し、一族で建設会社を経営している。儲かるチャンスは抜け目なく狙い、ブランド品には目がなく、金持ちであることは見せびらかしている。しかし、地に足がついた現実性もある。

外科医として成功し、セレブリティの一員となっているけれど、もともとの質素な家、生活ぶりを守っている。その息子は、父親が「貧乏くさい」生活をしていること、また、質素を旨とする考え方が気に入らず、より派手な生活をしたいと考えている一族もある。

シンガポールの資産家一族は、大陸出身のここ10年ぐらいで成り上がった一族を軽蔑している。一方、大陸出身の新しい「クレイジー・リッチ」な一族は、キッチュな、奇想天外な贅沢さを見せびらかす。

また、シンガポールでIT企業を起業し、香港、中国本土を忙しく行き来しながら、将来「クレイジー・リッチ」となることを目指している人もいる。

華人華僑の国際性

華人華僑たちのコミュニティは国境を超えて広がっている。

この小説の主人公はそれぞれ中国本土とシンガポールにルーツがあり、現在はニューヨークに住んでいる。彼らのコミュニティは、ロンドン、パリ、そして、シドニーやヴァンクーバーにも 広がっている。もちろん、クアラルンプール、香港、台湾、上海、深センにもつながりがある。

それぞれの都市をプライベートジェットで移動し、投資をし、事業を拡大し、買い物をし、リゾートを楽しむ。

ただ、"Crazy Rich Asian"には東京と北京は登場しない。「クレイジー・リッチ」な華人華僑にとって、東京や北京はあまり居心地のよいところではないのかもしれない。

「クレイジー・リッチ」ゆえの不幸

 この小説は「通俗的」なメロドラマではある。

しかし、「クレイジー・リッチ」な男性と、彼との結婚を夢見る女性の物語ではない。「クレイジー・リッチ」な資産家でありながら、地に足が付いた(down to earth)な女性を求める男性(ないし女性)と、自立した知的な女性(ないし男性)の物語である。

この二人の間の障害になるのは、主として男性(ないし女性)の「クレイジー・リッチ」さと、それに付随する「クレイジー」な人間関係にある。

ニックとレイチェルがニューヨークで大学の教員同士だったときには関係がうまく行っていたが、彼が「クレイジー・リッチ」であることが明らかになり、そのコミュニティの人たちが登場するにつれて、レイチェルは彼に付随する「クレイジー・リッチ」性がうとましくなってくる。そして、レイチェルから別れ話を切り出すことになる。

リッチな一族はそれぞれの仕方でリッチであり、時として、そのリッチさが不幸の源となることもある。