仕事を断る

うつ病の休職から復帰して、以前に比べてずいぶん余裕のある仕事をしている。
休職に入る前は、とにかく、ToDoに追いまくられていた。10年間ぐらいToDoがなくなった瞬間がなく、会社から家に帰ってもほんとうの意味で気分が休まることがなかった。その上、うつ病とまではいわないまでも、気分はうつ傾向にあったから、前向きにToDoを片付けるのではなく、ぎりぎりまで追い詰められてやっとToDoをこなしていた。ちょうど、何枚もの皿を同時に回し続けているような状態だった。
休職をしていちばんよかったことは、すべてのToDoをリセットすることができたことだった。これだけで、ずいぶん気持ちが楽になった。復帰してからは、あまり仕事は多くなく、その日のToDoは、その日のうちに終えることができるペースで仕事をしている。時には、手すきになるときがあり、そんな時間は長期的な準備のための勉強をすることができる。急ぎの仕事が入っても、余裕を持って先手先手で対応することができ、追い詰められたという感覚は抱かないですんでいる。
かつては、仕事に追い詰められる理由を、自分の効率が悪いから、しなければならないことを後回しにしてしまうのがいけないからと自分のせいにしてきた。しかし、今から考えると、単純に、仕事が多すぎたということが根本的な原因だったと思う。適正な仕事量を上回っていない今は、ストレスを感じずに仕事をこなすことができる。前向きな気分で仕事ができるから、効率はよくなり、それが余裕を生むという好循環に入っている。たまに気分が重くなって仕事に手がつかなくなる時間もあるけれど、それを吸収できる余裕がある。
しかし、会社という組織が余裕のある働き方をいつまでも放っておくはずがない。いずれは、仕事がどんどんまわってくるに違いない。そのときにどうするか。以前の二の舞をすることはないようにしなければならない。いちばん苦手なことではあるけれど、仕事を断るべきときは、断ることも必要だろう。なんとか、前向きに仕事ができる今の好循環を維持したいと思う。
<追記>
昨日のエントリー(id:yagian:20081028)に続いて、今日のエントリーもピラミッド・プリンシプルに基づくものではなく、起承転結の構成になった。
何か主張したいことがあるとき、それを的確に伝えるためには、ピラミッド・プリンシプルは有効だと思う。しかし、特に主張したいことがあるわけではなく、なんとなく心に浮かんだことをきっかけとして話を進めていくときには、起承転結のフォーマットが使いやすいように思う。
読み手としてはどちらがわかりやすく、また、読みたくなる気持ちになるのかは、よくわからないけれど。