因縁は海の外から

コナン・ドイルシャーロック・ホームズの帰還」に収録されている短編、「緋色の研究」のネタバレを含んでいます、と一応注意を喚起します。といっても、いまどき、シャーロック・ホームズもののネタバレを気にする人もいるのだろうか?



本屋をうろついていたら、ふと、青い背表紙が懐かしくなってコナン・ドイルシャーロック・ホームズの帰還」(新潮文庫 ISBN:4102134026)を衝動買いしてしまった。思いのほか、楽しく読み通すことができた。
シャーロック・ホームズものは、けっして完璧ではなくアラだらけなのだが、そのアラが一種愛嬌になっているのがいいところだと思う。例えば、「踊る人形」。あの、いかにも不自然で暗号めいて見える踊る人形を、暗号を書いた犯人が「誰でも子供の悪戯画として見逃してしまいます」と言っている。そんなばかな。けれども、そのばかさ加減に苦笑はさせられるけれど、けっしていやな感じではない。むしろ、ほほえましく感じられる。
考えてみれば、シャーロック・ホームズというキャラクターそのものが、そんなばかなという存在であり、かつ、愛嬌に満ちている。シャーロッキアンと呼ばれる人たちも、シャーロック・ホームズものにあるアラに愛嬌があるからこそ、あれほど大まじめにアラを探し、つっこみを入れて楽しんでいるのだろう。
シャーロック・ホームズものが書かれたのは、19世紀末から20世紀初頭であるが、事件の大部分が国際性を持っていることが印象に残った。事件の大部分はイギリス国内で発生するが、結末では事件の背後にある海外からやってきた悪人、海外で起きた過去の惨劇を、ホームズが明らかにするのである。
コナン・ドイル「緋色の研究」(新潮文庫 ISBN:4108202708)では、アメリカでのモルモン教徒の同士の争いが殺人事件の原因だ。ワトソン博士も、アフガニスタンで戦傷を負った退役軍医という設定である。
シャーロック・ホームズの帰還」でも、大部分の事件の原因は、海外からやってくる。
「空家の冒険」のモーラン大佐はインドで虎撃ちの名人である。「踊る人形」はシカゴのギャングの争い、「美しき自転車乗り」は南アフリカでの事業による遺産争いが事件の原因である。「プライオリ学校」の結末では犯人がオーストラリアに送り出され、「黒ピーター」は捕鯨船の船長の殺人事件であり、ノルウェイ沖での過去の事件が遠因となっている。「犯人は二人」は海外との関係はないが、「六つのナポレオン」はイタリアからやってきた石膏像の職人、「金縁の鼻眼鏡」は亡命ロシア人、「アベ農園」はオーストラリアからの移住者をめぐる話である。「二つの汚点」は、スパイに関わる話である。
考えてみれば、今回のロンドンでのテロ事件は、シャーロック・ホームズの事件と構造がよく似ている。アメリカや旧植民地での惨劇が原因となり、海外の組織がテロを起こす。
イギリスでは、今回ほど大きな事件はめずらしいのだろうけれど、似たような経験は100年以上前から積み重ねているということだろうか。
だからなんだ、どうした、という結論はとくに思いつかないが、なにか重要なことを考える手がかりになるような気がしている。