この週末、つれあいの家族と熊野古道に旅行をした。その旅行の話はいずれウェブログに書こうと思う。今日は、旅行中に読んだ内田樹「寝ながら学べる構造主義」について書きたい。
内田樹のウェブサイト(http://blog.tatsuru.com/)はたまに覗いているけれど、彼の本は食わず嫌いで読んだことがなかった。うちの本棚から旅行に持って行ける文庫か新書を探していたとき、ちょうどレヴィ=ストロース「野生の思考」を読み終わったところだったので、つれあいの書棚で目についたこの本を持っていくことにした。
上から目線の感想になってしまうけれど、悪い本じゃないと思った。最近、フーコーやレヴィ=ストロースを読んでいるが、それらの本から受けた印象とこの本に書かれていることは大きく違っていなかった。
いくつか印象に残ったところを引用しながら感想を書きたい。
私は「最新流行の思想のモード」にキャッチアップしようと必死になりましたが、構造主義の主著はどれも法外に難解でしたし、やむなく頼った日本語の解説書は、むずかしい概念をただむずしい訳語に置き換えただけのものでした。それらの書物が何を言おうとしているのか、二十歳の私には結局少しも分かりませんでした。
……
それから幾星霜。私も人並みに世間の苦労を積み、「人してだいじなこと」というのか何であるか、しだいに分かってきました。そういう年回りになってから読み返してみると、あら不思議、かつては邪悪なまでに難解と思われた構造主義者たちの「言いたいこと」がすらすら分かるではありませんか。
(pp199-200)
私も二十代の頃、構造主義に挑戦し、その難解さに跳ね返された経験がある。最近、彼らの本を読み返しているが、あいかわらず難解で「「言いたいこと」がすらすら分かる」とまでは言えないけれど、二十代の頃よりは理解できるようになった気がする。少なくとも、大筋で何が言いたいかは分かるようになってきた。自分が年をとったせいなのか、構造主義の考え方が世の中に浸透したせいなのかはわからないけれど、若い頃に分からなかったことが今では分かるようになるという経験は内田樹と共有できたような気がする。
レヴィ=ストロースについて解説した第五章の末尾に次のように書かれている。
人間は生まれたときから「人間である」のではなく、ある社会的規範を受け容れることで「人間になる」というレヴィ=ストロースの考え方は、たしかにフーコーに通じる「脱人間主義」の徴候をしめしています。しかし、レヴィ=ストロースの脱人間主義は決して構造主義についての通俗的な批判が言うような、人間の尊厳や人間性の美しさを否定した思想ではないと私は思います。「隣人愛」や「自己犠牲」といった行動が人間性の「余剰」ではなくて、人間性の「起源」であることを見抜いたレヴィ=ストロースの洞見をどうして反ー人間主義と呼ぶことができるでしょう。
(p166)
以前、レヴィ=ストロース「悲しき熱帯」でいちばん感動的だと思う部分を引用したことがある(id:yagian:20100828:1282998786)。物質的にはきわめて貧しく最も「未開」なナンビクワラ族に対するレヴィ=ストロースの愛があふれ出しているような文章である。彼の構造主義の基礎に、こうした他者への愛があると私も思う。
「野生の思考」のサルトル批判のなかで、レヴィ=ストロースは次のように書いている。
…現在の地球上に共存する社会、また人類の出現以来いままで地球上につぎつぎ存在した社会は何万、何十万という数にのぼるが、それらの社会はそれぞれ、自らの目には、―われわれ西欧の社会と同じく―誇りとする倫理的確信をもち、それにもとづいて―たとえそれが遊牧民の一小バンドや森の奥深くにかくれた一部落のようなささやかなものであろうとも―自らの社会の中に、人間の生の持ちうる意味と尊厳がすべて凝縮されていると宣明しているのである。それらの社会にせよわれわれの社会にせよ、歴史的地理的にさまざまな数多の存在様式のどれかただ一つだけに人間のすべてがひそんでいるのだと信ずるには、よほどの自己中心主義と素朴単純さが必要である。人間についての真実は、これらいろいろな存在様式の間の差異と共通性とで構成される体系の中に存するのである。
(p299)
このサルトルへの痛烈な批判の背後に、「悲しき熱帯」で示されたナンビクワラ族への愛があることはたやすく見て取ることができる。近代の西欧を頂点とする唯物史観の考え方は、レヴィ=ストロースが愛するナンビクワラ族への侮辱であると。
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